提言:横内水源涵養林の 将来あるべき姿を明確にすること。 楢山 保 (2004/07/1) 森林の水源涵養機能とは、健全な森林生態系の存在により、豪雨時における 河川の増水量を軽減させるとともに、雨が降らないときでもある程度の水量を 河川に供給するという「河川流量の平準化」作用のことである。つまり、洪水 軽減と渇水緩和の2つの機能が求められているわけである。 この機能のうち洪水軽減機能は比較的誰にでも理解しやすい。健全な森林は雨 を枝葉で遮断し、雨水が土壌に達する時間を遅らせ、ふかふかの森林土壌はそ の空隙に雨水を一時溜め込み、そして時間をかけながら地下水へあるいは森林 の樹木や草本の蒸散水へ循環させることが出来るわけだ。健全な森林が無けれ ば雨水は表土を流出させ雨水は土砂とともに直接河川に流れ込むのだから、健 全な森林がこの目的で必要であることは明白である。 もうひとつの渇水緩和機能に関しては一般に正しく理解されているとは考えに くい。なぜなら、一般には「樹木が水を溜め込む」という誤解が蔓延している ようなのだ。この誤解の例は青森市水道部の「ブナ1本が277リットルの水 を蓄える」というPR文に代表されていた。(当会の指摘により現在は削除し たようだ。)また、WEB東奥への投稿などを見ても「ブナが溜め込んだ水」 というような表現があったりする。いわく、 「今、皆さんが飲んでいる水も、何百年も前のブナ林が育み、蓄えてくれた水 なのかもしれないですよ。」 −2004/02/11 WEB東奥投稿から 確かに木はそれ自体が水の塊とも思えるほど水を持っている。その木材を構成 するセルロースやリグニンという高分子多糖体は、樹木が水と二酸化炭素から 太陽エネルギーの力を借りて作り出したものだ。つまり木材は水と二酸化炭素 で作られている。しかし植物体は一旦根から取り込んだ水を葉を通じて水蒸気 として空中に放出するが土壌に還すことは無い。(空中湿度90%以上のときな ど、葉から水滴として落下することは理論的にあり得るが、あっても根から吸 い上げた水量との比較では問題にならない微量である)。つまり、雨が降らな いときは樹木や草本は土壌の水分を大気に放出し減少させることはあっても増 加させることは無いのだ。この放出された水蒸気はまた霧や雲になり雨となっ て地表に戻ることもあるわけだが、それはそれでまた別のサイクルになる。 つまり雨が無いときは健全な森林は河川水量を理論上減少させるということな のだが、この事実は理解されにくい。しかし健全な森林が無ければ「雨が降れ ば鉄砲水、洪水、土砂崩れ、」となり健全な森林があれば洪水は緩和され、雨 が降らないときには水量は減ってもそれまで土壌から浸透して溜め込まれた地 下水により河川水量は維持される。 ここで注目していただきたいのは、その土壌である。森林の土壌成分は基にな る無機質、鉱物質土壌と植物や動物遺体から作られた有機物が形をとどめたま まのリター層とその中間の有機質土壌で構成される。青森県の場合基底となる 鉱物質土壌は沖積平野部と城ヶ倉渓谷のように深い谷を除けばたいていの場合 八甲田火山や十和田火山の噴出物つまり軽石を含む火山灰や火砕流堆積物であ る熔結凝灰岩やそれらの変質したいわゆるローム層であり、一般に水の浸透性 が非常に良い。 植物の根は一般にはリター層と基底にある無機質土壌の中間にある有機質を含 む土壌を好む。一般に森林の保水力はこの有機質土壌とリター層の厚さがある ほど良いとされる。水源涵養林としても同様である。 それではこの有機質土壌はどのようにつくられるのかといことが次に問題にな る。リター層は枯れ葉や枯れ枝、倒木の分解物や一部動物遺体などを含む層で あり、分解がすすめば有機質土壌に同化していくことは容易に想像できる。分 解者はキノコなど真菌類、昆虫類、節足動物や環形動物を主とする小動物、土 壌微生物、土壌細菌類などであるが、分解者のメンバーは種類が多いほうが、 そして活動が活発であることが望ましい。樹木や草の根は一部菌類と共生しな がら、有機土壌中の水分と分解物である窒素化合物、燐酸化合物やミネラル分 を吸収して成長を続けることが出来る。 また根は水分栄養分を吸収するだけではなく特に高木の場合その重量と風袋を 支えることも重要であるため、できるだけ広く深く根を張ることが望ましい。 しかし深く張ろうとしても、基底層が邪魔をする。樹木の種類によっては根の 成長点から分泌する微量の有機酸によって基底層を徐々に侵食分解して有機質 土壌に変性させていく。これが植物の土壌形成能力である。この能力の高い樹 種は適応力が高く、浅い土壌でも成長できるわけである。このように森林土壌 の形成はリター層側と基底側の両面で行われているのであるが、リター層側は 生物多様性と落ち葉の量が要因であり、基底層側は樹木の根の能力が要因とい えるであろう。 ここまでの「機能面からの要求」に対して理想的な水源林はどのような姿にな るだろうか? 1、 雨水の一時遮断効果で言えば多層林であることが望ましい。 2、 表層からの土壌形成能力で言えば生物多様性の高い豊かな森林である ことが望ましい。 3、 基底層からの土壌形成で言えば深根性の樹木があることが望ましい。 一般に土壌形成能力は、先駆樹種ほど高いと考えられる。先駆樹種とは有機質 土壌がほとんど無い火山灰などの荒地でも良く成長できる樹種である。在来種 ではアカマツ、ハンノキ類、カンバ類、外来種ではハリエンジュ低木ではツツ ジ類。ハンノキ類やツツジ類は根粒菌と共生している。根粒菌は空中の窒素を 取り込めるので、貧栄養でも急成長できるし枯葉には窒素分も多いので土壌を 肥やす力も大きい。火山灰地など無機質土壌に進入する根の能力も高いようだ。 アカマツは根粒菌ではないが土壌にあった菌類と共生し外性菌根をつくり、養 分の不足を補うことが出来る。 パイオニアに続く樹種も土壌形成能力は高い。コナラ、ミズナラ、クリ、コブ シ、ホオノキ、ナナカマド、シナノキ、トチ、ハリギリなどのいわゆる雑木林 の樹木たちである。その雑木林は明るく、樹種も豊富で、高木、亜高木、低木、 潅木、下草や蘚苔類という多層林となる。また大型小型哺乳類、鳥類、爬虫類、 両生類昆虫類など多種多様な生物の食料供給源として住処としてたいへん重要 であり、現在の日本の豊かな自然を代表する森林である。有機質土壌の源とな る有機質の生産性の非常に高い森林であり、キノコに代表される分解者も活発 に活動し有機質土壌形成には非常に効率のよい生態系を形作っている。このコ ナラ、ミズナラ、クリを主にした雑木林こそが水源涵養林の理想形であろう。 しかし残念ながら、これを維持するためには、定期的な伐採作業が不可欠だと いうのが難点である。水源林としては伐採などしないほうが良い。この理想形 を放置して自然の遷移に任せれば、次の世代はブナとカエデ類ということにな る。地球温暖化が進まなければだが。ブナは浅根性で土壌形成能力は高くは無 いが、その前の段階で豊かな土壌と生態系は作られているので、維持するには 充分であり、水源林としてはなんの問題も無いのである。 結論として、現在のブナ植林地の北部にある、ナナカマドやイタヤカエデ、ホ オノキ、トチを交えたミズナラ林はそのまま理想的な水源林であるといえる。 伐採されたミズナラ林もあと30〜40年ほどでそのような理想的な水源林になっ ただろうに惜しいことをしたものだ。これらの林が自然遷移の結果ブナとカエ デ類の林になってもやや暗く単調になるだけで水源涵養効果は、遮断効果以外 は低下することは無いだろう。 要するに横内ははじめから理想的な水源林をもっていたのだ。だから日本一美 味しいという評価も当然だったのだ。 しかしいまミズナラを伐採をしてブナを植えてしまったのだから仕方が無い。 元採草地といわれているアカマツを伐採してブナを植えた一帯では順調に成長 しているのでそのまま成長を見守るだけで良いだろう。しかし他の部分ではミ ズナラやウワミズザクラの萌芽や他の早成陽樹の成長にブナは勝てないだろう が、水源林の形成を考えた場合に手入れは無用である。いじる必要は無い。そ のまま放置し、再び自然林を形成させ、適者生存として自然遷移に任せるべき であり、そのままの形で水源涵養保安林の指定が妥当である。 生態系から隔離された都市内の人工の公園ならともかく、日本の豊かな自然を 代表する八甲田北麓のこの地に宮脇理論など全く不要のものである。 |