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もともと、青森の自然環境を考える会につきましては、白神のモニタリングの調査を通じてお世話頂きましたし、また、水源地の話についても考えさせられてきました。 |

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最初にブナがどのようにして来てブナ林が出来たのか、これは私の専門ではないので、いろんな研究者や本などから教えて頂いたことな
のですが、一般的なこととして、知床とかこの白神山地の林の出来たのは、日本の周辺を流れる海流によるよるという話が云われていますが、これとほとんど同じことです。 |

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「どうやって歴史を探るか」と深く結びついていることなのですけど、約二万年前の頃、二万年前と云われても、私もまだ五十年しか生きていないので、時間のスケールがあまりにも違いすぎて想像できないのですが。 |

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この図は花粉分析の図ですが北から南まで日本全国で、ブナの花粉が出てくるのは15000年くらい前からで、だんだん増えてくるのですが6000年前7000年前は気温が高いものですから、その頃は標高の高
いところで見られ、三内丸山のような低地はブナ帯でなありませんでした。平地で増えてくるのは4000年前以降です。 |

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二万年前の日本は大陸と地
続きだったようで、青森はシベリアのツンドラ地帯のようで、アオモリトドマツは多くなく、トウヒとかエゾマツが多く、南でもブナは少なかった。 |

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東北は亜寒帯の針葉樹に被われていた。 |

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かなり温暖化が進んで青森は落葉広葉樹林のカテゴリーに入るんですが。 |

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青森は今よりずうっと海が中に入っていて、落葉広葉樹林であったわけですが果たしてこの時ブナはあったのか。 |

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今のブナの多い日本海側でもコナラ属、クルミ属、クマシデ属、ハシバミ属、ケヤキ属などブナ以外の花粉が多く、ブナの花粉が出るところは多くない。三内丸山の遺跡時代はブナ林ではなかった。 |

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三千年前頃になると今の気候と植生もほぼ同じになり、東北地方のブナが増えてくる。 |

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これをまとめると、ブナの花粉は最終氷期以降の温暖化と日本海側が多雪になるのに伴って増加してくるが、ただこの後8000年から6000年前のヒプシサーマル期には現在より約二度ほど平均気温が高くなって、その時にはブナが少なくなりナラとかシデとかほかの落葉樹が多い温帯落葉混交林が多くなったが、4000年前頃からまた温度が下がって日本海側や東北で花粉の割合が高くなり現在に至っています。 |

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写真 左はコナラが混じった日本海側のブナ林。中は白神クマゲラの森、すらっとしたブナが多い。右は太平洋側で標高が高く針葉樹と混成したブナ林。この様なブナ林のバリエーションは当時すでに出来ていたのです。 |