ふるさと雪形探訪−11 岩木山 D

           岩木山の四つ目(マナグ)    室谷 洋司

   これからめざすところは、岩木山の津軽平野寄りの裾野で海抜わずか100m地点。こんなところに雪形が? 誰もが首をかしげ信じがたいが、品川弥千江の著書「岩木山」(1968年)に、裾野に生きた人々の次のような民俗伝承がある。
   「十腰内の奈良寛池付近に出る『四つ目』(俗に四つマナグ)という残雪も農耕に関係あると古老が言っていた」とし、本書には写真も掲げられている。
   津軽のことばで「目」を「マナグ」という。溜池の岩木山寄りに丸い残雪が4か所に残ると、すなわち「四つマナグ」。
   この雪形は、長い間、気になっていたが調査の機会がなかなかやってこなかった。ほかの仕事との兼ね合いもあるが、もうひとつ大きな理由があった。

 

岩木山の裾野にある奈良寛池。沢の水を溜めて付近の農地の潅漑用水とした(2002年4月6日) 

 

1962年から国営開発事業が始まり、裾野一帯が一変した(1967年6月撮影) 

 

岩木山の名蝶と言われたオオルリシジミ=青森県レッドデータ絶滅種(1969年6月撮影) 

   奈良寛池周辺は、私にとって青春時代の研究フィールドで、ここにはオオルリシジミという美しいチョウが生息し、全国的にも珍蝶として有名だった。1958年から10年間、その生態観察に没頭。ところが1962年に始まった国営の「青森県岩木山麓開拓事業」で、一帯の5000ヘクタール余りが一大農業地に変貌。オオルリシジミの生息地は消滅し、「青森県レッドデータブック」(2000年)のチョウの部で唯一の絶滅種とランクづけされてしまった。
   ここに往時の風景を探すことは無理ではないか。したがって「四つマナグ」も生き残れたかどうかは、はなはだ疑わしい。

● 変わり果てた高原に雪形が生き延びる
   2002年4月6日、長年のわだかまりにケリをつけることにした。数10年ぶりの奈良寛池は、舗装された農道を行くとすぐ見えてきた。かつての一面の草原はリンゴ園に変わり、岩木山だけがそのままの姿で輝いていた。
   「おはようございます。何の作業をしているんですか?」。女の人が手を休めて、リンゴの樹皮を剥いで、腐乱病に犯されていないか一本一本調べていると答える。
   「雪が四か所残っている、四つ目って知っていますか?」。怪訝そうに、「それって何ですか?」。
   昔の写真を見せて、これは昭和40年のここです。―「わたし、生まれたばかりで分かりません。」
    しまった! 女たちは笠をかぶり手ぬぐいで顔を被っている。覆面からは年齢が分からないのだ。ゴメンナサイ!
   手配写真と周りの風景を見比べながら、探すことにした。年輩の男のひとが剪定した枝を、園地のあちこちで燃やしている。
   「4か所の雪が残るところありますか?」。「????」。「四つマナグってありますか?」。今度は、にっこり。「あるある、分がる分がる」。鬼沢地区に住むNさんは大正10年生まれで、こどもの頃に爺さん婆さんから聞かされ、これを見ながら農作業をやったと言う。
   まさかと思っていた「四つマナグ」が生きていた。高台へ高台へと山道を急いだ。かつて草原であった斜面には木々が高く伸びて、溜池が見通せない。ぽっかりと岩木山方向に開けた場所があった。あった!「四つマナグ」だ。戦後間もなく植えられたカラマツ林のなかに、4か所の雪の消え残りが見えた。

 

約40年前の奈良寛池(左下)と広々とした草原。池の岩木山寄り斜面に4か所の
雪が消え残り、これを「四つ目(マナグ)」と呼んだ(品川弥千江著「岩木山」から)

 

同角度の写真。リンゴ園や針葉樹に覆われ、左手下にかすかに池が見える。
同位置に「四つ目」が残っていた(4月6日) 

   資料をあたっていくと、岩木山には前に紹介した「苗モッコ」のほか、「鋤(スキ)」とか「鍬(クワ)」、「股鍬(マタグワ)」といった農具の雪形も知られる。しかし聞き取り調査では今では見えないという。多くは岩木山の裾野に接した低い所にみられ、そのような場所は森林伐採や開発が進み、雪形のすみかが失われてしまったのである。
   春一番に咲く黄色いキブシの花穂が伸びきり、田打ち桜(コブシ)が咲き始めていた。「四つ目」はひっそりと畑仕事の始まりを告げていたのだ。日本一低所にある雪形よ、永遠に。そうつぶやきながら、裾野を後にした。


 

春一番に咲くキブシの花

引用文献
品川弥千江 1968、岩木山。
青 森 県 2000、青森県レッドデータブック。

                                                                 (2005年6月26日記)

【予告】
このシリーズは12回を予定し、白神岳にはじまって八甲田山、岩木山など青森県の山々に現れる雪形を探訪する。

ふるさと雪形探訪−1 白神岳(上)
ふるさと雪形探訪−2 白神岳(下)
ふるさと雪形探訪−3 岩木山(一)
ふるさと雪形探訪−4 岩木山(二)
ふるさと雪形探訪−5 岩木山(三)
ふるさと雪形探訪−6 八甲田山(上)
ふるさと雪形探訪−7 八甲田山(中)
ふるさと雪形探訪−8 八甲田山(下)
ふるさと雪形探訪−9 釜臥山と増川岳
ふるさと雪形探訪−10 岩木山(四)


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