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奈良寛池周辺は、私にとって青春時代の研究フィールドで、ここにはオオルリシジミという美しいチョウが生息し、全国的にも珍蝶として有名だった。1958年から10年間、その生態観察に没頭。ところが1962年に始まった国営の「青森県岩木山麓開拓事業」で、一帯の5000ヘクタール余りが一大農業地に変貌。オオルリシジミの生息地は消滅し、「青森県レッドデータブック」(2000年)のチョウの部で唯一の絶滅種とランクづけされてしまった。
ここに往時の風景を探すことは無理ではないか。したがって「四つマナグ」も生き残れたかどうかは、はなはだ疑わしい。
● 変わり果てた高原に雪形が生き延びる
2002年4月6日、長年のわだかまりにケリをつけることにした。数10年ぶりの奈良寛池は、舗装された農道を行くとすぐ見えてきた。かつての一面の草原はリンゴ園に変わり、岩木山だけがそのままの姿で輝いていた。
「おはようございます。何の作業をしているんですか?」。女の人が手を休めて、リンゴの樹皮を剥いで、腐乱病に犯されていないか一本一本調べていると答える。
「雪が四か所残っている、四つ目って知っていますか?」。怪訝そうに、「それって何ですか?」。
昔の写真を見せて、これは昭和40年のここです。―「わたし、生まれたばかりで分かりません。」
しまった! 女たちは笠をかぶり手ぬぐいで顔を被っている。覆面からは年齢が分からないのだ。ゴメンナサイ!
手配写真と周りの風景を見比べながら、探すことにした。年輩の男のひとが剪定した枝を、園地のあちこちで燃やしている。
「4か所の雪が残るところありますか?」。「????」。「四つマナグってありますか?」。今度は、にっこり。「あるある、分がる分がる」。鬼沢地区に住むNさんは大正10年生まれで、こどもの頃に爺さん婆さんから聞かされ、これを見ながら農作業をやったと言う。
まさかと思っていた「四つマナグ」が生きていた。高台へ高台へと山道を急いだ。かつて草原であった斜面には木々が高く伸びて、溜池が見通せない。ぽっかりと岩木山方向に開けた場所があった。あった!「四つマナグ」だ。戦後間もなく植えられたカラマツ林のなかに、4か所の雪の消え残りが見えた。
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