読者の声・     ミズナラ伐採ブナ植林を知って


NO.395「ブナ植栽地へ」の「ブナ植林の疑問」提起、


47 伐採をすることはもうないのですね。 京都 大原女
伐採をすることはもうないのですね。今日「考える会」の
ホームページを拝見しほっとしております。
シンポジュウムの「パネルディスカッション」では、小関代表の
発言以外は全く的はずれのおとぼけもいいとこでしたね。
いつでもどこでも個人や世論は組織ほど醜悪ではありません。
これで又、不合理な施策の宣伝になったことでしょう。
参加者の「考える会」への賛同は確実に得られることと思います。
明らかに市側はディスカッションを避け、宮脇教授は
「青森市民で考えて欲しい」と外圧を削除するお手伝いをして
おられました。
市議会でも、もう一歩踏み込んで伐採のことまでふれて欲しかったと
思いましたけれど。

46 18日のシンポジウムの報告、読み終わりました 香港 M.I
 一番簡単明瞭で、私にも分ったのは、会場からの「川好きの老人」の話でした。
宮脇氏の説明(お話)は、私には難しすぎてよく分かりません。
現場にある大きな木は、出来るだけ残すという趣旨の話に、しかしが続いて、
本来の木の森にするには、現場にある木を押さえる?とも言っているようで、私に
は????が並びます。
 50代の女性からの質問にも、結局回答と思えるような言葉は、ないように思えます。
最後まで読んで、青森市長も水道部の人も、植樹前の現場(伐採前と伐採後)を見た
人は誰もいないようだと言う事も分りました。
 水資源を守るというのが、最大の目的のようですが、自然景観という財産について
言及している人が少ないですね。息を呑むような自然の景観は、1-2種類の樹木では
出来ないでしょうね! 木のないところには、その場所に相応しい木を早急に植えると
いうことでは、意見が一致したようで、大きな前進だと思います。

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45 神様の判断にゆだねよう。 青森市、K.S生
行政がもう少し自然を見る目を肥やしてくれるといいのですが、苦 労しますね。
なんでミズナラにもう少し注目しないのでしょうね。
ミズナラが生 えてきて、それから神様が必要と判断すれば、黙っていてもブナに 遷移していくのに、何で急ぐのかわかりませんね。
自然に手を加え たくてどうしようもないんですね。
おせっかいしたければ、周辺部 にケヤキを植えて成長させれば、数十年後にはすごい財産になるで しょうに。


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44 「青森市民は怒るべきです」を読んで。 京都 大原女
八戸 H.Yさまの感想文はまことに現場の詳細な状況や今後の植林地に予測されるだ ろうことが、適切に丁寧に説明され門外漢の者にもとてもよくわかる感想文でした。 ありがとうございました。 先日、現地の画像を見て都会の工事現場と全く変わらないことに、驚きよりも切なく やりきれない気持ちで胸が痛みました。都会の人間であればまだしも自然に親しく森 林の知識も豊富であろう青森の人達が、水不足でもなく、ただ「将来においしい水を 守る」というだけでこんな残酷なことができるのかと不思議な思いがしました。 小さな庭でも草花のご機嫌を伺い、いつもうろうろと適切な場所を探し植え替えてい ます。草木はものいわずとも自己主張はかなりはっきりしていて、気に入らない場所 では育たず咲かずです。日本古来の植物は激減し、あの可憐で美しいカタクリの花を 見られる場所は全国で限られています。十和田湖のほとりから奥入瀬につづく、ミズ ナラやサワグルミの雑木林のみずみずしさは、新緑、紅葉ともに本当にしっとりと素 晴らしいものです。と同時になぜ保水力などという話になるのかと、、、。わかりま せん。 自然の美しい山中緑化推進の看板を掲げ産業廃棄物が処理されているのを目にしま す。日本の都市化はこの狭い国土の自然をどこまで失うのでしょうか。排気ガスや温 暖化が問題視されていますが、日本の環境破壊はそれ以上に開発によるもので、この 破壊は形がなくなると同時に、人の思い出や大切なイメージまで根こそぎ失う気がし てなりません。跡形もなくあっという間に一変するのです。 美ヶ原は建物や駐車場で街のようになり上高地の大正池は土砂崩れで埋もれ穂高も映 しません。ダムや道路は立派ですが、まだこの処理は昨年なされていませんでした。 積み木をほんのひとつ抜いたことで大きく崩れるように崩壊することもなきにしもあ らずだと思います。

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43 「青森市民は怒るべきです」(現地検討会に参加して)八戸 H.Y
 昨日(4/25)の現地検討会に参加した感想を申し述べます。
まず青森市民は豊かな水源林をお持ちである。これは大変に羨ましい。しかし他人か ら見れば羨ましがられるような豊かな水源林は、ある人から見れば権力発現の舞台で しかなく、その豊かな自然が無残にも破壊、もっと婉曲に表現しても改悪されている 事実は大変悲しい事です。

萌芽更新して20年程度のミズナラ主体の雑木林はたしかに山好きさんの言うよう に雑然として一見ヤブのようにみえることもあるでしょう。あと20年たてば淘汰が 進み、もっとミズナラ林らしくなり、もう20年たてば立派なミズナラ主体の混交林 として水源地に最適の林相となったでしょう。いや、もうすでにそのような林相と なってオオヤマザクラやイタヤの花が咲き林床はカタクリの群生で足の踏み場が無い くらいの花園もすでに存在しています。
そんな場所ではあと150年もたてば我慢強い自然実生のブナが少しずつ成長出来る 場所がでて来始め、250年たてば十和田湖周辺のような少し暗めのブナミズナラ混 交林になるのではないでしょうか。(温暖化が進まなければという前提です。) あのまま放置していれば今後300年もの間、人も、動物も、植物も豊かに楽しめる フィールドになったのに。あのような不自然極まりない行為を「大枚をはたいて」 「ボランティアの善意を踏みにじって」その結末を捻じ曲げてしまった。

ミズナラの伐根とともにあるブナはミズナラの再萌芽と競争になります。20年間作 り上げてきた立派な根が生きたままのミズナラと植えたばかりのブナの苗との競争で す。2年3年生程度の小さなブナの苗ではミズナラ萌芽に太刀打ちできない可能性が あると思います。管理方針は?ブナを成林するためにはそのミズナラ萌芽も切り続け るのでしょうか?ブナを見殺しにするのであればブナを植林した意味はないし。
かつて採草地でアカマツが散在していた場所に植えられていたブナは確かに根付いて ました。植え付け密度が坪あたり一本と自然実生と違い、極端に低いため枝が横に伸 び放題で樹形がまるで盆栽みたいでした。いっせいに発芽群生する自然界では幼木同 士の生存競争により上への成長と淘汰選抜がすすみます。それと、淘汰が無い(管理 にすごい手間をかけている)ため生存率は97%だそうですが、これは逆に遺伝子劣 化の問題をはらんでいます。
植えられたブナは多分自然林には程遠いものになってしまうでしょう。 ところどころに太さ60cm以上もある立派な松が玉切りされたまま腐朽にまかされ てました。ウサギの食害を防ぐためのフェンスも相当な長さで設置されています。自 然の遷移に任せればこんなもの何の必要も無いのに。 いまはまだブナが小さいので問題なく花をつけていたウスバサイシンなどの林床の植 生もそのブナの成長とともに消滅の運命です。

雲谷下部から横内浄水場のあるあたりの斜面がかなり荒れていました。汚水の流入を 防ぐと称して醜く土嚢が積んであるのですがその上部斜面です。ここだったら刈り 払って植林しても誰も(少なくとも私は)文句ないというところなのですが、まるで 手付かずなのは不思議です。

要は自然の都合は全く無視で人間の都合優先の失業対策土木工事と考えたほうが分か りやすく、そのうわべに「ボランティア」だとか「国土緑化」だとか「美味しい水を 守る」だとかの現代風美辞麗句の飾りつけを施した、軽薄な秀才の献言があったので しょう。
青森市民は怒るべきです。

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42 回答文を読んで投稿します。岩手県 M.A 4/22
 青森市水道部のホームページに「かたり商法にご注意を」というリンクがありました。  しかし、善意の市民を騙し、水源地の生態系を荒らし、そして市民から水道料金を徴収するとい うのは、まさに「かたり商法」ではないでしょうか。

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41 市民に現状の情報公開とブナ植林の継続の是非を問うべき。京都 大原女 4/20
市、及び水道部は広く市民に現状の情報公開とブナ植林の継続の是非を問い、その 判断を仰ぐべきだと思います。 税金を投入し寄付をつのり、善意なるボランティアの協力までも得て推し進めてきたのですから、その方々に対しても誠意ある説明責任があるはずです。 又、いわずもがな市民から託された行政の力なのですからその行使には義務が伴い、税金を使うにはおのずと責任ありきではないでしょうか。 青森市民に選ばれた市議会の方々はこの問題をどのように考えておられるのか、又青森の新聞、マスコミの反応もあまり感じられず疑問に思っています。 それぞれの立場において本来の機能を充分発揮していただき、なるべく多くの市民の皆様の声をこの問題の解決に反映させていただきたく思います。

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40 イベント「ブナ植樹」の舞台裏?。神戸市 S.A 4/19
 4/18のブナ植栽地の写真を拝見しました。今春のイベント準備ができていますね!?  「おいしい水を守る」,それも50年,100年後に向けてです。日夜気になる現地です。 苗木に水は充分ですか?  雪解け水はうまく利用していますか? 灌漑はOKですか? 苗木畑に畔を作っていますか? 肥料は? 大事な預かり物です。決して枯らすことのないように,40年,50年後に保水量277リットルを検証せねばならないのです。

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39 直接納税者に判断を仰ぐべき。京都 大原女 4/16
    尼崎 Sさんのご提案「市民の皆様に広く知らしめる」もうこれしかないのではと思 います。直接納税者に判断を仰ぐべきではないでしょうか。
青森の市民の皆様、そしておいしい水を守るために寄付をし、ボランティアで植林に 参加された方々は、この問題をどう考えておられるのでしょうか?ここからは生活者 の声ありきが肝心かと思われます。
いくら真剣に正論をぶったところで、所詮は部外者が好き勝手な議論で盛り上がって いるくらいに思われているか、「自然愛好家達が疑問の声を」と何だか変人扱いのご とく、ひとくくりにして削除されている感じの市側の回答でした。
思考停止の市側に何を言っても通じないとは思いますが、遠い道のりをかけても悔い ない八甲田の美的価値が、どんなに大きな財産であるかをもっと認識すべきです。そ の美しさは自然そのものが自ら行うコントロールが完璧になされているからではない でしょうか。多種多用な植物や動物が相互に生命のつながりを持った世界に差し出が ましく人間が手を入れ、ブナ一種を植えるという行為は誰もが首を傾げる話であり、 自然はそれほどたやすくはないでしょう。
この国は、この国の大人達はどうなってしまったのでしょうか。まだほんの少し前ま で日本人は、皆自然を愛し育て敬っってきました。それを破壊するものは大人や役所 が監視し取り締まっていたものです。悪いことをすれば警察が正してくれていたはず です。
逆さメガネで見なければ理解できないことが多く、今までの常識は非常識とでも云わ んばかりのこの頃です。 人間で一番自然に近い子供の命が、ややもするとペットの命より粗雑に扱われている こともあります。 こんな時代だからこそ、自然を守らなければなりません。
自然は私達そのものなのですから。 あの美しい八甲田の山麓を変えようとする力は、このままいけばエスカレートするに 違いないと心配しています。
          

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38  いずれは滅びるでしょう−回答文を読んで。岩手県 M.A 4/15
 4月14日付の青森市水道事業管理者の回答文を見て、唖然としてしまいました。 科学的考察に欠け、市が今までやってきたことの間違いを認めないばかりか、さらに 最後までゴリ押ししてしまおうというように取れます。  市側はこの文書が公開であることを意識していなかったのでしょうか? 今はいったん市民あてに公文を出しますと、ネットによって全世界に公開される可能 性 がある時代です。青森市は、今回のことによって そのレベルの低さを世界中にさら け 出し、恥をさらしたのです。 回答文の起案者から、水道管理者、決裁に関わったすべての職員も同様です。  これからは地方公共団体も競争の時代に入ります。 このような文書を平気で出しているようでは、いずれは滅びるでしょう。

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37  「津軽のジョッパリ」には無駄かな? 市の回答を読んで 八戸 H.Y 4/15
市の回答を読んで驚きました。 というよりこのような人々に市政の権限があるという事実に愕然としました。「過去 に良いことをしてきたのだから、これくらいのことは目をつぶれ」と言っているよう なものです。 これでは市民の税金やボランティアの善意の骨折り、そして豊かな青森の自然をただ ひたすら青森市水道部の偏狭な自己満足のために無駄にし、台無しにしてしまいま す。 そしてその「自己満足」のための費用を市民が負担しているのです。これからも負担 し続けるのです。 いったい誰のための事業でしょう?市民のためではなさそうです。消えた伐採後のミ ズナラの幹材の行方を含めて、「裏になにかあるのでは」と疑われても仕方がないの ではないでしょうか? 確かに過去の事業で「その通り!良くやった」と賞賛に値する部分があるのは確かで す。けれども過去に賞賛に値することが在ったからといって現在の愚行を肯定できる ものではありません。 誤りを認めたとなると、どなたかの責任問題になるので「責任を取る事態は避けた い」と思う気持ちは分かります。しかし、私の考えでは当会は、過去の過ちは「市の 責任」ばかりではなく「県の責任(緑化樹にブナを指定)」もあるし、「市民にも責 任の一端(ブナ至上主義の風潮)」もあるのだから、責任問題を追及するよりは、 「今後このような愚行を避けるためにはどうすべきか?」という趣旨で話し合いを続 けてきたと考えていました。 市側の回答は「責任逃れ」の屁理屈を並べた上に、「今後も好きなようにやらせてく れ。有識者は当方で選んであるので、方々は口出し無用。」と言っているのです。 このような「盗人(税金盗人です)猛々しい」発言ではやはり懲罰の対象として白黒 を争わねばならないという覚悟も必要のようです。 けれども当会としてももう一度当局が「墓穴を掘らないうちに当会と妥協点をもっと まじめに検討したほうが得である」と考えるような誘いはもう無理でしょうか? 「津軽のジョッパリ」には無駄かな?

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36  まだやるつもり・・・水道部の回答を読んで.  尼崎市 S 4/15
 青森市民29万人を蚊帳の外において,7千人足らずのボランティアの方々をおだてて いかにもいい仕事をしているように吹聴する水道部の回答ではありませんか。 「水源地が開発で汚染の心配があるので・・・」これは,水道部ではなく「都市計画」の問題です。 また,山林を保有する方々もそれなりの税をとられています。それらを使ってやるべき仕事です。 また,森林整備計画の問題です。「おいしい水」で釣上げるような計画では困ります。「おいしい」と 言ったのは都会の「おいしい水」を飲めない有名人・タレントの方々です。 県議・市議の方々もそのあたりは承知のはずです。 水道部に預けるのは無責任です。 そして,その経過・結果は納税者に説明することが役所の仕事です。 計画があればその実施結果を知らしめるのが義務です.市民の大方が無関心だからいい・・・では 済まされないのです。そういう事業計画・実施経過・結果の報告を市側が自ら襟を正さないといけません。 悪癖が益すばかりです・・・そうではありませんか?
 ぜひとも,事業10年間の成果を納税者に説明する機会をつくってください。 「おいしい水を守る」事業が一部の方々にのみ,「おいしい水」とならないためにも。 また,十和田市が十和田湖町と合併・新幹線開通すれば,観光誘致がますます過激になります。
 南八甲田登山道調査に環境省が入ったようですが,まさか自動車道路再開はないでしょう。 それらからも,ここ「横内水源」を守らねばなりません.その守る姿が「青森市の観光資源」です。 水源地のブナが生育して「第二の蔦の森」になるまで,あと50年,100年?,なればの話し,ならなかったとしても,関係諸兄はいない・・・そんな,悪い夢を見ています。 水道部のホームページを見ても,当回答とおなじで「水源涵養林・ブナ植樹を進めます。」 だけで,この10年間の経過報告がどこにもないのです・・・不誠実です。水道部はじめ関係諸兄の方々も市民のはずです。
「考える会」で市民のみなさまに知らせて頂くよう図ってください。
「ブナ植樹・是非」は水道部・試験場の方々ではなく市民の方々・子々孫々が判断されます。

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35  市民参加のスタートを立案の時点からにするべき  香港 M.I 4/7
新聞への投稿や掲示板、読者の声等を読んでいて、これまでに感じた事です。
ブナ植林についての市側の考え方は、自然林を伐採してまでブナに変えるだけの根拠 が無いのに動いたのが、一番大きな間違いですが、他にも

1.ブナは役に立つ
2.ブナが流行のように受け入れられている
3.植林と言えば、善意の行動と誰もが思う
4.市民に参加してもらう事で、市民運動と思われる
5.税金の正しい使い方と思ってもらえる
6.行政サイドが立案して、市民には参加だけというのは、非常に親切である

以上のような先入観というか、思い込みによってスタートしてしまった所に大きな行 き違いが起こってしまったと思えます。
市民参加のスタートを募金と植樹参加からでなく、立案の時点からにするべきだった のでしょう。
今、ほんの少し後戻りして考えて見ようかという位置にあるように思います。
市民という所が、もっともっと広がる必要があるのですが、「青森の自 然を考える会」が市民を代表する形で、頑張っておられるというのが現状ですね。
この計画の市民参加の時期を誤った、ということの認識を市側が認めると、 もっと歩み寄れるだろうにと思うのです。
ご健闘をお祈りします。

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34  非常に費用対効果が薄く、税金の無駄遣い  仙台市 S.N 4/1
青森の自然環境を考える会を立ち上げられたんですね。
森林資源モニタリング調査で、鉢森山の北側のカラマツ林でも調査をおこなっていましたので、私もブナ植栽の問題は気になっていました。
非常に費用対効果が薄く、税金の無駄遣いだと思います。
是非活動の方がんばってください。

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33  「おいしい水」を守るために募金した一人です。  青森市 M.K 3/22
  1.新たなブナ植林実行の可否。について
 これは、植林を中止して、じっくり話し合うべきと考えます。 私も、青森市に転居してきた当時、2001年頃「青森のおいしい水を守ろう」という呼びか けに答えて、店頭にあった募金に喜んで参加した一人ですが、募金側の真意は知り ませんでしたが、ブナの人工的植林の為に募金したのではなく、純粋に「おいしい水」を 守っていくと言う考えに賛同したからです。 これについては、「明鏡欄」に投稿しようかとも考えていましたが、事務局の方々 や会議の意向に同意したいと思います。 これまでの経緯にとらわれずに、今後の問題を話し合う期間、新たな植林は一時停 止するのが良いのではと私は考えています。

  2.仮植および養成中の苗木の処置。について
 こちらは、苗木も生かす良い方法がよく分からないので、皆さんのご意見に従います。 今日、NHK「こころの時代」で、生命科学者の中村桂子さんが、21世紀は、 「生命と水」について、真剣に考えていかなければならないと考えていると話されていまし た。地球に水が存在したからこそ、36億年の年月の間にこれだけ多様な生命が地球に繁 栄できた。しかしわずかな間に急速に水も汚染されてきている。 人間も「生きもの」としての感覚(レイチェル・カーソンは、センス・オブ・ワン ダーと名づけている)を大事にして、身近な自然に目を向けて行きたいという事や、何か おかしいと感じたときには慎重に対処すべきだと言った内容も話されていたようでした。 ここで問題になっていることは、青森市民だけの問題だけでなく、地球環境や生命 に直結する問題だと捉えています。

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32  京都・大原女さま まったく同感です。  尼崎市 S 3/22
「自然は寡黙でどんなことにも黙って耐えています。」
「自然や環境に対して人は、もう少しいたわりの気持ちで接し関心を持ち、細心の注意を はらうべきです。」
  自然に対してはいたわりをもつというより,畏敬の念が先きです。
自然の中では「細心の注意」はわが身を守る手段なのです。 「登山計画」では,衣・食・住を畏敬の念を抱きながら頭を寄せ合ってつくります。 事前の訓練計画が出発点です。その訓練を通じて体力個人差で負荷の分担をします。 それが平等・公平,助け合いです(おなじ登山を楽しむ為にです,やさしさと感謝を教わります)。 いつも,粛々とトップの踏み跡を仕上げるようにパーティーは一列で進みます。 石ころを避けて(転倒防止・落石防止,決して蹴るな!),また,雪道ではステップをより堅固に仕上げるように, トップを交代しながら・・・そこに山での歩き方を教わってきました。
そっと大地に足を置く。それが自分たちの安全を守ると同じに自然へのいたわりに通じます。
  今時は,いろんなパーティーとすれ違いますが,多勢に無勢・・・ 登りも下りもお構いなしに,「ドドドッ・・・」とストックを振回して下ってきます。時には複縦隊で! 小生などは小休止の口実に「道開けて・・・!」と,声かけて待避します(笑)。 みなさん立派な登山装束ですからこちらは小さくなっています。 終わりの方で,サブ・リーダーでしょう,小声で「済みませ〜ん・・・」 いままで,上から侮蔑の眼差しを感じていたのが救われます。
時には,あちこちに踏み込み生け花の材料だと採りまくるのを見ます。ザックからこぼれ落ちそうです。 写真をとるのだと言って,「そこの枝,ジャマやなぁ,ちょっと折って・・・」
道が悪ければ「もっと,整備してもらわなあかんなぁ・・・舗装せな」
「ここ,崩れてるやン,ガードレールつくってもらわな,落ちたらどうすんねん!」

  いまどき,電鉄会社はじめ観光会社がいろんなところへ連れて行ってくれます。 なんの心配もなしに,自然?と接することができます。 そんなですから,勉強もしないで楽しむことができます・・・「なにも心配はいりません,お任せください,お連れいたします」です。 でも,ガイド(添乗員)に対する訴訟も起こる時代になりました。 山小屋でも世話する容量の限界を超え「廃棄物処理法違反・有罪」なんて自然保護の旗手だった小屋(ホテル?)で起こっています。 最近の某大学ワンゲル部遭難騒ぎにしても,「公の救助費用は予算範囲だから請求しません。私的費用分だけを支払って頂きます。」 これはもう,なにをかいわん・・・

  数10年むかしの登山者と,今の登山者とを比べてみました。
いや,これは登山という山あいてだけではありません。街でもおなじことです。自動車という暴れイノノシシがいます。
むしろ,その感覚を山にもちこんでいるのでしょう。

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31  破壊は瞬く間でしょう  京都 大原女 3/21
  自然は寡黙でどんなことにも黙って耐えています。
「レイチェル カーソンの沈黙の春」にあるように、ある日突然魚や鳥が大量死、 牛が病み羊が死ぬ。そのうち子供が死ぬ。森は茶色に枯れはて鳥のさえずりもない。 リンゴの花は溢れるばかりに花をつけたが、花粉が運ばれずミツバチの羽音もしない。 誰のせいでもなくすべて人間がまねいた禍なのだと。
これは科学物質の自然破壊を告発したものですが、わが京都丹波町は今、鳥インフル エンザで驚愕しております。不気味な自然の逆襲を感じずにはいられません。 40年前に話題になったこの病める世界は、今日本でそっくりそのまま顕彰されて います。

  青森の問題は、日本の何処にでもある数えればきりのない、これまでみんなで 見て見ぬふりをしてきたことではないでしょうか。それを思うと空恐ろしくなります。 自然の歩みは人間の何世代もの時間がかかり、破壊は瞬く間でしょう。無くしてから その大きさに気がついても遅いのです。 自然や環境に対して人は、もう少しいたわりの気持ちで接し関心を持ち、細心の注意を はらうべきです。
不確実な現代に生きる私達は、自分自身をも疑ったり振り返ったり、時には逆の立場 になって考えたりすることで間違いを回避できるのではないでしょうか。 自然ほど人の感性を豊かにし、感動とやすらぎを与えてくれるものはありません。 青森の為政者、識有る先んずる方々には、将来に目を向けこの行き着く先が自然破壊と ならないよう、丹念に考え最たる道を選んでいただきたいと、せつに願っております。

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