読者の声・     ミズナラ伐採ブナ植林を知って


NO.395「ブナ植栽地へ」の「ブナ植林の疑問」提起、



30   市街地の緑づくり、二つの意見を読んで  青森市、MM生 3/21

  「ウェブ東奥」に「杜を切る都」(3月18日)で投稿したMM生です。
そのなかで「明鏡欄」に出た下記Aの佐藤さんの投稿を引用しました。
そうしたら3日後に公園近隣住民さんからBのような投稿がありました。
真っ向から対立しているご意見です。今後、都市環境、自然環境はますます大切な問題になると思います。 ご両人にはもうしわけありませんが、読み比べながら私見をのべさせてください。 本来であれば東奥日報の「明鏡欄」や「ウェブ東奥」が適当なのですが、舌足らずを恐れて「読者の声欄」にお願いしました。 本欄は「ブナ植樹」を当面のテーマにしていますが、ゆくゆくは自然環境全般におよぶと考えました。 なお、私はAの佐藤さんの意見に共感をもつものです。


A.「公園内の枝払い、行き過ぎである」(3月16日、佐藤生、54歳)
論点は、
@住宅地は高齢化で落ち葉など管理できず自宅高木は切られ緑がなくなった。
A近隣にある数ヵ所の公園は樹種も多く生長し、憩いの場を提供。
B先日、ケヤキなど殆どの高木の枝がバッサリ切られ唖然。
C青森は樹木が少ない、セミも鳴かない。 このような処置は市の「景観形成ガイドライン」や「緑の基本計画」理念に逆行。市の回答を求める。

B.「公園の樹木は、配置に工夫を」(3月19日、公園近隣住民、42歳)
論点、
@公園は憩いの場だが、狭い園内に樹木が密集するのはどうか。 昼でも薄暗く、薄気味悪い場所もある。落ち葉の片付けも大変。
A近隣住民は、ポプラは朝日をふさぎ、昨年の台風で枝も折れ、街灯の引き込みもあわや切断。 市に頼み枝払いをしてもらった。
B緑を増やし続けることは大事だが、公園、学校、街路樹の近隣住民は悩みの種。
C道路側は見通しのいい背丈の低い木や花、中央に大木を配置するなどの工夫を。

C.両論を読んで私の意見
@住宅地にしろ公園、街路にしろ生長し大木になると、近隣の迷惑云々で大変に窮屈な世の中です。 自宅の場合は家主が、公共の場は行政が、今後この樹木はどうなるのかを考えながら計画性の ある緑づくりが欠かせません。
A数年前にアメリカシロヒトリが大発生したとき、隣同志の苦情合戦で市内各所では、 ばさりバサリで業者が大もうけしたことは記憶に新しい。あのときは猛暑の特別の年でした。 これは防除ですんだはずです。行政は的確な知識をもとに木を切らなくてもサポートできたと 思います。
B落ち葉です。将来的に市の財政は逼迫しています。これこそ地域ぐるみのボランティア活動が 有効です。除雪だけでも大変な出費なのに、これもとなれば私たちの税金負担が増えるだけです。 行政に要望したいことは、これからは落ち葉のリサイクルは是非もので、そのノウハウづくりと 土壌還元に気をつかうことです。
C近隣住民さんの、公園づくりとか植樹の計画性には賛成です。市の「景観形成ガイドライン」 とか「緑の基本計画」の実効的な出番です。公園の修復や新規造成にはぜひ活かすことですし、 樹木にこころのこもった配慮とかマニュアルが必要です。上記ガイドラインに書いていないと すれば、役立たずですから検討をしてください。
D市民はもう少し我慢が必要ではないでしょうか。それぞれが多様な感じ方をもっています。 緑豊かな街づくりは必要なわけですから、朝日が入らないとか、落ち葉がどうのこうの、物騒だ 云々は二次的な問題です。別な見方をすれば木陰をつくってくれるとかの恩恵がいっぱいあると 思います。
Eとは申せ、危険を予知したときは、行政は最小限の枝切りなどは必要でしょう。ただ、 かつて流行った「すぐやる課」といった、アンバランスで住民に言いなりの行動はつつしんで ください。第一予算がもちません。ばっさり切ることを喜ばない住民もいるということを忘れ ないでください。
F最後に、「緑」についてですが、私は単に樹木や花壇がそこにあるだけではなく、セミが鳴き トンボが飛ぶ、こじんまりとしてでも中身のある「生態系」が街のあちこちにあって欲しいと いうことです。こういった仕掛けが、こどもたちの情操教育に役立ち非行防止にもつながると いうことです。
やがて、上記のA投稿に市の回答があるはずです。それを待ちましょう。





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29   青森はまだ救えます。尼崎市 S生 3/20

 K.E.さま,Yさまへ
青森とくらべたら尼崎など,廃墟からのたてなおしです。「21世紀の森構想」とかです。
湾岸の重工業撤退のあと,今産業廃棄物工場が並ぶ地域を市民が海と運河を再生かつ陸に
森をつくろうとしているのです。想像できますか?,いろんな方々の意見をあつめ,智恵を
しぼっています。現地になんども足を運び・・・
 それにくらべたら豊な森を「水源地保護」との名目で,保護規制をかけ,多額の税で買取り
そして,寄付・ボランティア・・・多額の費用をかけて自ら規制を犯して伐採・植林・・・
無知な市民もお気の毒です。「無知は罪悪」です。すこし利口な方はこの機会を逃さずです。
「・・・啓蒙」とかを最後の切り札にするのはもう手詰まりのようです。
利権に群がる構図がみえみえです。青森の産業計画ともにらみ将来にわたっての展望を本当に
市民と勉強して構想してほしいです。
 「水源地に植林しています」なんて言えば「え!どうして?・・・青森は大切に森を守って
きたのと違うノン,日本一おいしい水だろう?,どこかと合併して青森の名が消える?」。
 話しは変りますが,「南八甲田山の登山道問題」もおなじことです。利口になってください。
自ら貴重な観光資源をなくすような行政にウイルスのように反抗すべきです。
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28   「じょっぱり精神」は何の役にもたたない。青森市、Y生 3/20
 K.E.さんの「野山にも庭にも田畑にもほとんど生き物が見られなくなり、
(中略)自然界では、一般に言われていたようにウイルスの反乱が起った。」は、
物凄く含蓄のあることばで、深刻に受け止めざるを得ない警鐘に思えた。
 ふと本棚にある驚くべき害虫の抵抗性を書いた本を思い出した。かいつまんで紹介
すると、 殺虫剤事始めは、中国では3000年以上前から植物をいぶして蚊を防いだ
記録があり、日本では1200年前の万葉集に「蚊火=蚊いぶし」といった言葉が出て
くるという。それが江戸時代にはヨモギの葉、クスノキのおがくずになり、戦前までは
除虫菊。やがて1938年にスイスでDDTが開発されて以来、有機合成殺虫剤が相次
いで登場したとある。 ところが、これからが殺虫剤の抵抗性を獲得した「害虫」と
人間のシーソーゲームの始まりである。1944年までは世界中で12種の抵抗性害虫
が知られているだけだったが、1980年には364種にも達したという。抵抗性の
度合いは、身の回りにポピュラーなイエバイやアカイエカで、1965年から1970
年頃までは20倍から50倍であったものが、1980年以降は虫の種類によっては数百
倍から数千倍、なかには10万倍以上という物凄い害虫まで現れたというのである。
手元の本にはそこまでであるが、現在はどうかと考えても空恐ろしい。
 このような抵抗性は、ダーウィンの自然淘汰説「進化論」に対して、「人工的小進化」
の要因だという。まわりくどい話になったが、言いたいことは「過ち」はできるだけ
早く正そう、科学の積み重ねに、謙虚になって耳目を傾けようということである。
この場合、津軽の「じょっぱり精神」は何の役にもたたない。
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27   考える会・県外の若い友へ   青森市 K.E 3/19
 私たち「やぶなべ会」が昭和44年に会則を変え自然を考える団体に衣替えしたこ
ろにも、既にあれほど目立った環境の変化があり、それがさらに延々と四十数年も続
き、もはや近年ではその殺戮行動の対象生物が見あたらなくなりました。野山にも庭
にも田畑にもほとんど生き物が見られなくなり、この行動こそがやがて人類の破滅に
つながるのではないかと恐れ戦いているこの頃です。

 次の段階として生物界には何が起こるのだろう。何が起こっても不思議ではないと
思っていましたが相も変わらず人間同士の殺戮やそれに伴う環境破壊が継続してお
り、自然界では、一般に言われていたようにウイルスの反乱が起こりました。

 今度はどこへ飛び火してもおかしくない世界を股にかけた伝播になるかも知れませ
ん。取りあえず、その対象は密殖状態にある家畜、家禽、養殖魚類など一番劣悪な環
境に飼育されているものがターゲットになりました。その配達は、世界中を飛び回っ
ている鳥類が引き受けているようです。国内での一番手はカラスが引き受けたようで
す。

 一般にはまだその恐怖を実感していないようですが、何も人間の健康を脅かすだけ
が恐怖ではないでしょう。病気に感染した生き物を何十万と殺戮し生き埋めにしても
おそらく解決されないでしょう。

 そのうちに今度は食物が不足する事態になるかも知れません。
私たちの生活環境もどこを見てもまだ下げ止まってはいません。ゆっくりと確実に変
化は続いています。この現実にどう立ち向かうのか、行政も市民もまだ不感症のまま
です。せかせか動くことに慣れて自然界のリズムと波長が合わなくなったのです。

 このような事実が毎日報道されていても、恐怖を感じないことに末世を感じていま
す。たいしたことではないことの積み重ねが今日に至っていること。

これからは何にでも声を上げようと思うようになりましたが、体力が伴わなくなった
この頃です。頑張ってください。後をついて行きます。
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26   東奥日報・明鏡欄をお読みになりましたか?   神戸市 S 3/18
  「理にかなったブナ植樹」とかです。その「理」について議論しているところです。
自称「山好き」とありますが,このご意見から推して「観光登山者」としか思えません。
それも,ブナが大好きな今様流行の方でしょう。小生にいわせればこんな方々が日本の
山岳をめちゃめちゃにしているのです。自然破壊の先駆者です。困ったことです。
寄せ集めの文字面は「非難」されるべきです。
  この地も,集水地区・水源涵養林として「青森市森林整備計画変更計画書」にのっとり
水道部が実施しているのです。その中に(第1・6)「・・・広葉樹(ブナ)・・・」と
あるのです。なぜ,ブナかとの議論がなされている最中に「理にかなった」とか。
それも論破されているのです。トボケタ記事です(載せる方もどうかしている)。
水道部がこの計画書に従うとなれば,「計画書」から再審議・再変更せねばなりません。
「これから研究を重ねて」ではありません。ほかにも「長い目で見なければ」とか言う方が
いるようですが,所詮,観光化事業・分譲別荘候補地・・・との志向が見え隠れします。
今を止めなければ,萱野高原まで散歩道が出来るでしょう。それも,マイカーで・・・
神戸市・六甲山をお手本にしないでください。
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25   拍手喝采の石井教授講演会でした。   青森市 MM 3/14
  いかにヒトというのは浅はかなものか、を思い知らされました。
石井教授は、これまで口をすっぱく青森でも間違った考えを正すために、
折に触れて熱演をしてきたというのに、一向にそれは活かされていなかった。
  小生は、きょうの話で十分理解できましたが、また、教授のきょうは
止めをさすのだという心意気に全員が理解できたと思いますが、過去に
おいて聴いたかたがた、とくに直接行政などで活かさなければならなかった
立場のかたがたは、逆に活かさない、提言しない、という立場をとってきた
のでしょうか?
  この講演を聴けなかったかたがたも、上記のようにアップされた要旨を
一読すれば、即、判断できるでしょう。
繰り返しますが、今回の差し迫った問題を抱えて聴講した、ほぼ50人は
おなじ感慨をおもちになったのではないでしょうか。
そして効果覿面だったと。
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24  計画植林は変更(ストップ?)?      香港  石田   3/7

先日3月1日の35の意見を読んで、計画的な植林というのがどうやら変わったなと思っていました。
今日の、読者の声「市側は歩み寄ってきた」で、間違いないようだなと思いました。
示談にならなかったのは、考える会の皆さんの大きな努力があったからでしょう。
暇な私は、どうしても植林計画を進めると言うのなら、今後は、整地作業、植林作業の現場に、会の皆さんのような識者を立ち合わせるという約束を取り付けるのも1つの方法じゃないかなと、思ったことがありました。そうすれば、無駄な伐採が防げるんじゃないだろうかと。
たくさん植えたい業者は、作業がしやすいように、樹齢なんかは無視して、伐採していたのでしょうから。本当は、何もしないというのが、最善の策なんでしょう?軌道修正というか、少なくとも、計画植林は変更(ストップ?)されるようで、階段を1つ上れたと思っていいようですね。
まだまだ、たくさん問題があるのでしょう、大変だろうなと思って端からみています。ご苦労様です。

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23  青森市側は歩み寄ってきた?      青森市  Y生   3/7

青森市水源地の「ブナ植樹問題」については、いま全国規模でブナが自然環境のシンボルのように神格化され盛んに植えられていることから、関心をもってホームページや新聞報道に注意をはらっています。
「青森の自然環境を考える会」の活動状況や「市長記者会見」なども、当事者だけでなく一般市民、いや海を越えて海外でもオープンに見ることができますので、双方の考え方、といっても市側の考え方は「考える会」などのホームページを通じてですが、その問題解決のためのプロセスがよくわかります。
青森市長が記者会見で答えたことは、要約すれば「ミズナラを切って植林地をつくったことを認め反省。」「ブナ一色でなく、そこに存在している樹木をうまく育て、補植とか何かが必要になれば専門のかたがたのアドバイスをえて、新しい智恵もいれて考えていく。」のように受け止めました。
さらに今回おこなわれた「考える会」と、水道部管理者との意見交換では、2月の懇談会では植樹を計画通り進めていくという方針でしたが、それを修正し今後は補植程度にとどめ、たがいに現地をみながら水源林整備の方向性を考えていく。補植と下地づくりのための伐採についも双方の考えを整理していく。こうなりますね。これまでの市側の考え方からすれば、ずいぶん歩み寄ってきたように感じました。
繰り返しますが、ブナ植樹は全国的な流行でもあり、中には適地適木の基本から踏み外した例も多いようで、さまざまな問題点をはらんでいると思います。今回のプロセスとやがて得られる結果をもとに、いわゆる経済林ではない、保全林の植樹のありかたについて、広く全国に発信し理解を深めることができればと、「青森の自然環境を考える会」のさらなる活動に期待しています。
これで青森県は環境先進県として大きくステップ・アップできる。嬉しいことです。

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22  ブナは水資源としてすぐれているのでしょうか。     北九州市  T生   2/28

ブナ植林皆さんのご意見よみました。青森と離れているためか北九州ではこれに関して意見が交わされることはないですね。依然植林の推進は変わらないのでしょうか。
青森の人達は賛否どれくらいの状況なのでしょう? ブナがどれ程保水力に長けているのかは知る由も無い私ですが、自然が壊されていくことには抵抗をおぼえます。
近年野鳥たちの生態も変わりつつあるのか、梅雨が来る頃啼き始め声が聞こえなくなる頃梅雨明けとなるホトトギスも遠く離れた山でしか聞けないのです。
機械の力でどんどん削られていく山、木炭焼きのために切られてはまた育ち雑木林となった山で雛をかえし、渡っていく野鳥も今では環境が悪いためか庭先によりつきません。
椎、ミズナラ、楠等生き物たちにとってかけがえない山やまなのに、それ程ブナは水資源としてすぐれているのでしょうか。
台風の多い九州では台風が来る度に人の命とともに全てを根こそぎうばわれてしまいます。杉の山が全滅しダムに流れこんで後始末にてこずるのです。植林した山とちがい自然のままであればこんな災害は少なくて済んだのではとおもいます。植林礼賛、もう一度考えなおせないのでしょうか。ババの独り言です。
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21  中国からのご意見に謝々!     青森市  Y生   2/18

遠く中国の深センから、「ミズナラを伐採してブナ植樹」についてのご意見をありがとうございます。
遠くといいましたが、このようにウェブを使うとわずか数秒の時間距離ですね。
おっしゃるように、日本は東京のように人口が密集してまわりの緑が失われてしまっているところ、青森のようにまだまだ自然がいっぱい残っているところ、などとさまざまです。
今から30年以上にもなるでしょうか、この国は高度経済成長といって急激にモノ本位の考え方にかたよった時代がありました。象徴的なスローガンが、何と「日本列島改造論」です。
これをさかいに、日本人の多くは何事にもモノ、カネに陥ってしまったようです。そして10年ほど前に「バブルの崩壊」というできごとがありました。日本人はこの大きな荒波のなかで気づいたようです。もっともっと先祖から受け継いだ自然や心を大切にしなければならないと。
Fさんがよくご存知のように、青森はそんなに高度成長の恩恵を受けませんでした。その大きな理由は東京など大都市圏からの時間距離が思ったよりも改善されなかったからです。一方で、私はそれを「後進の利」と考えているのですが、多くの地域で失われてしまった自然環境がいっぱい残されました。その代表的なものが世界で最大級のブナ原生林といわれる「白神山地」です。10年ほどまえに日本で第一号の世界自然遺産に登録されました。さらにもうひとつあげれば「三内丸山」の縄文の大遺跡で、これも世界文化遺産登録の呼び声が高いものです。
日本には47都道府県という行政圏がありますが、このような世界に誇れる遺産が複数であるというのは珍しいことで、他県の友人はうらやましいといっています。その理由は、Fさんが指摘された「どちらかというと近代化は遅れた県です。言い換えればまだまだ自然が残っており・・・・」、がズバリです。ご心配をありがとうございます。青森の行政に携わって方々は、この辺を充分に理解しているはずです。間もなく気づいてくれると思います。

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S  自然にできた自然に勝るものは無い     中国深セン  F 生    2/17

 わたしは、田舎の自然の色濃いところで生まれ 育ったことも影響しているかもしれませんが、 割と若いころから、人間のための人工的なもの創造や 浪費、傲慢、自然の改造、破壊、汚染、開発の 場面を見ると、時々、言い知れないような重苦しさ、 息苦しさに突然、襲われることが度々ありました。
 例へば、ガソリンを浪費しながら走る車に乗って、 洪水のような車の群れを見てさえも突然そうなることがありました。
 自分も便利さを充分受虜しているにもかかわらず です。こうなったときの抜け道は、(個々人でない)人類の 愚かさ?のせいにして気を取り戻すしかありません。
  逆に、その辺にある何気なく無造作に枝をつけた木の 全体のまとまりの、自然の神秘さにいたく感動して、 写真をパチパチ取ったりもします。
 ここまで、書けば分かると思いますが、わたしは、 自然にできた自然に勝るものは無いと信じております。
 自然にあまり手を加えないで後世に残せれば、 それが、一番良いと思います。
 現代は、さまざまな利権もあり、手を加えないように するにも意思を働かせないと守れない難しい時代環境ですね。
 青森は、(幸いな事に)どちらかというと近代化は遅れた県です。言い換えれば まだまだ自然が残っており、オナーが八甲田の自然にほれ込んだように将来、自然そのものをアピールできる魅力的な県に なるかもしれませんし、そうすべきだと個人的には 思います。
 産業が無い中で何をのんきにねぼけたことを、 という人もいるかもしれませんが・・・・  水ナラの伐採より、汚い電信柱を伐採し、地下に埋め、 電信柱の一本も無い景観の県をアピールするとかの ことを役所も考えてほしいですね。

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R  ブナ研究家のご意見に勇気づけられます     青森市  、Y生    2/15

ことし1月にブナ植樹問題が論議されるようになってから、本欄やウェブ東奥の掲示板をときどき読んでいます。多くのかたがたのご意見をうかがいながら、青森市民の一人としてこころを痛めながら、是非とも早く解決して欲しいものと願っています。
先日、市と関係者との話し合いが報道されていましたが、市のほうは水源を守る長期事業だからといって継続の方針とのこと。ただ、市側のブナ植樹の根拠として新聞記者が書いたひとつの記事によるという説明に唖然としています。これが14万本の植樹につながったとは、施策決定があまりにも甘いのではないでしょうか。
このような時に、「この問題を心配する・・・・」とのブナ研究家のご意見には、本当に勇気づけられました。市当局がこのような学際的なかたがたの論考を吟味すればはっきりすることですし、協力してきた市民も充分に納得できるはずだからです。「役所的応対で終わる?」という心配も残りますが、このように因果関係が明白になった今、それは無理なことではないかと思います。私の考えは甘いでしょうか。これ以外にも説明できない何かがあるとか。

Q  私は雑木の山山がすきです     北九州   ーTさん 74歳    2/14

畑ダムまで歩いてきました。堤防では帽子が飛ばされそうな風がまだ吹いていました。
山はまだ冬景色です、足元から飛び立つ鳥にびっくり、はとより小さい茶色の知らないとりです、その鳥の行き先はミズナラの林です。
この家に来た頃私の背丈ほどしかなかったものが見上げるばかりに伸びています、田舎育ちのせいか雑木山は当然家の近くにあるものと思っていました。
ブナ林の美しさはテレビで知りましたが水資源にどちらが適しているかなど考えたこともありませんでした。海の魚や牡蛎を元気に育てるために植林を進める男性の特別番組も見たことがあります。元気に育っているミズナラが伐採されるのも残念ですね。このあたりも杉や檜の植林ばかりが多くなりました、昔の人の知恵は尊重されるべきかもとかんがえますし個人的な意見ですが私は雑木の山山がすきです。

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P  この問題を心配する一人として     中静 透   ブナ研究家   2/13

私自身は、ブナ林の更新などを研究をしてきましたし、実はブナはとても好きな樹な のですが、最近の「ブナでなくては」という論調にはとても違和感を感じています。
確かに、ブナ林が少なくなったのも事実ですし、杉を植えて失敗したり、ブナ林を更 新させようとして失敗した場所がたくさんあるのは間違いないのですが、だからとい って、せっかくそだった樹木を伐採してブナを植えるというのは、環境的にもよくな いし、経済的にも損をしているのではないかと思います。
ブナ林の本場である青森のみなさんを中心に、勇気ある発言と行動をされたことを尊 敬します。私も、この問題を心配する一人として投稿しました。

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O   役所的応対で終わる?   直方市   I 生   2/12

市側との意見交換会、「確かに皆さんのご意見は、拝聴しました」という文句で締めくくられて、役所的応対で終わる事がないことを期待しています。
1人1人の心の向きは、変わろうとしているかもしれませんが、市という立場でものを言う時には、杓子定規になってしまうというケースも多分にあるかも知れないと、勝手に想像を逞しくしています。

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影響は陸上だけではない       埼玉   I生  2/12

☆横内浄水場のろ過池は生態系の一部となっている
 横内浄水場のろ過方式は、比較的ゆっくりした速度でろ過を行う「緩速ろ過」というものです。砂ろ過層の中に住んでいる微生物のはたらきを利用して水の濁りを取り除く方式です。
つまり、ろ過池は生きている、言い換えれば、生態系の一部となっていると言えます。水がろ過池を過ぎてからわずかな次亜塩素酸を加えて消毒しています。
(これに対し、大都市圏の浄水場のろ過方式は、比較的ろ過速度が速く、小さな敷地面積で大量の水を処理する「急速ろ過」というもので、水がろ過池に達する前に硫酸アルミニウムやポリ塩化アルミニウムなどの薬品により水の濁りをある程度沈降させ、塩素又は次亜塩素酸ナトリウムなどで消毒し(注入率は緩速ろ過の場合に比べてはるかに高い)、生物が住めない環境にしています)
 ミズナラを中心とした林から流れてくる原水のもとで、砂ろ過層の中の微生物が生態系を作っていたとしますと、水源の植生が(自然に起こる植生の遷移に比べて)急激にブナに変化した場合、原水の水質が変わり、この砂ろ過層中の微生物にも影響を与え、ろ過池の機能が低下する危険があります。もちろん、原水の水質に応じた新しい生態系が砂ろ過層の中に形成されていくことでしょうが、それには何年かかることやら・・・。
そして、ろ過池の機能が回復するまでの間はどうするのか・・・。
人間が自然に介入して水源林を改変するのはかえって水質悪化につながるのではないでしょうか。

☆影響は陸上だけではない
  横内浄水場で取水する水の量は、流れ全体の量の一部です。
多くは陸奥湾に流れ込みます。流れ込む河川の水質に変化が起こりますと、湾内の海水の水質も変わり、特産のホタテなどの漁業にも影響が心配されます。漁獲量や味が低下することが懸念されます。

 いずれにしても、太古の昔から大自然が培ってきた生態系を人間が改変しようとするのはあまりにも傲慢であり、今までよかったものをかえって失うことにつながるものです。横内浄水場の水も、陸奥湾のホタテも、大自然の恵みを人間が分けてもらっていることを忘れてはならないと思います。

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「グリーンアース作戦」の再考を  未来の子どもの親、青森市  2/9

「青森の自然環境を考える会」発会! おめでとうございます。この面での先進県を願っています。
「未来の子どもたちからの借り物」(2月7日)のなかで、大変気になる書き落としがありました。文末に近いところで「客観的な科学知識をもとに組み立てられなければなりません。」としましたが、今回問題の発端になった地元紙(1月15日)で、八甲田山の自然に詳しい○○さんは「この問題は長い目で見なければならず、どちらが正しいか即答することはできない。・・・・」と言っていることです。
ひとそれぞれが多様なご意見をもつことは良いのですが、何と無責任な言い方だろうと憤りを覚えここに指摘したいと思います。今回のような、広く市民の将来にわたっての安全を左右するような大切な問題だからこそ、人間が長い歴史のなかで培ってきた英知を結集して、できるだけ早く解決に当たらなければならないのではないでしょうか。

ちょっとボルテージが上がったついでに、もうひとつ書かせてください。「青森の自然環境を考える会」発会! の紹介記事のなかで「昨日も行政によるブナ植樹が東奥日報に掲載されておりました。」とありましたが、ご覧になっていないかたがたに要点を紹介しますと、つぎのようです。
(青森)県は2004年度から、崩壊した山腹の斜面に県産間伐材を使ったさくを立てるとともに、植樹で緑化を図り土砂流出を防ぐ工法を取り入れる計画だ。「グリーンアース作戦」と名付けたこの方法で、県は間伐材の利用促進と環境保全、雇用創出の"一石二鳥"を期待している。(中略)計画している新たな工法では崩落斜面を階段状態に整え、アカマツかスギなど県産材で作ったさくを立てて土砂を抑える。平らにした部分には、地域住民のボランティアなどでブナ苗木を植樹し、緑化を目指す。(後略、下線は筆者)というもの。なお、同年度の新工法導入場所は蟹田町高石股沢と風間浦村新湯川で、県河川砂防課の管轄。前者は海抜約100mの地域、後者は筆者がもっている地形図には出てこないが、津軽海峡に面したところなのでそんなに高標高ではないと思います。
そしてついこの前、知人から聞いたことですが、県自然保護課は生物多様性保全を進めていて、新しいテーマとして外来種の調査を行い要注意種については積極的に対策を講じていくとのことです。この「外来種」の定義は、その種が本来有する能力で移動できる範囲を超えて移動し(国内、国外問わず)、生育・生息するような生物種としています。ブラックバスなどが在来の淡水魚を駆逐している、といった顕著な例ばかりでなく生態系を損ねるさまざまな要因を排除していかなければならないという前向きな施策と云えます。
これら二つの施策がまったく同じ庁内、同じ屋根の下で行われているのです。奇怪なことといわざるを得ません。「グリーンアース作戦」は、従来のコンクリート工法を考えれば、はるかに自然になじんだ、いわゆる環境にやさしい手法でしょう。ただブナ植樹が分からないのです。本欄に寄稿されている多くの意見からは環境保全とは決していえない。自然保護課の考えとも真っ向から対立しています。生態系撹乱にもつながります。そしてここでもボランティアが大変な迷惑をこうむることになるのです。「適地適木」から考えれば、この辺はミズナラでしょうか、あるいはコナラか海岸線に近いとすればカシワかな? いずれにしてもジックリ腰をすえ、生態系を乱さないように近場から用意した「キング・オブ・ザ・フォレスト」とその仲間たちを選んだほうが、はるかに環境にやさしく住民の安全につながるのではないでしょうか。再考を望みます。

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L   「青森の自然を考える会」を支持       加賀谷康人・東京都・    2/9

「青森の自然を考える会」を支持させていただくと同時に、入会を希望いたします。

 「目的:青森の自然環境を考え、良好な姿で後世に伝えます。」明快ですね。
残せる自然があるということは素晴しい。「みんな」の共通認識だと思います。
当初の事業として掲げられる事項には少々気が重くなりますが、淡々と事を進め ていくのがよいかと思います。

「ブナ至上信仰」について
。 棟方さんはじめ皆さん森林にお詳しくかつ青森に住んでいらっしゃる方は、現実を直視するがため「ブナ至上信仰」はなかなか無くならないと思う見方は当然だ と思いますが、私は楽観ではありませんが長く続かないと思っています。無論そ れが数年後なのか、10年後なのかはわかりませんけれど。
 私は心理学やマーケッティングの専門ではありませんが、醒めた目で見ると 「ブナ至上信仰」というのは一種の流行のような面が大きかったのではないかと 推測しています。一般人にとってレベルはさて置き白神も屋久島も観光地であり 「ブナ」あるいは「ブナ林」のイメージが増殖されてしまった。その増殖の中心 は東京だったかもしれません。
 流行の根底には消費形態、市場動向、色彩動向等が在ります。
諸説あるのですが、大雑把に言って1980年代後半からのシステム化志向の市場動 向は身の回りを無機的にしてきました。東京でもグレイッシュな建物が増えたの です(最近はメタリックですが)。そんな都市住民が自然を求める中「ブナ」あ るいは「ブナ林」のイメージ、具体的にはあの樹皮だったり、新緑の緑だった り、がタイミングよく紹介され、ほぼ自動的に増殖されてしまったというのが私 の見方です。
 しかし、一方では同じ欲求からまだ少数ですが「里山管理」のような活動が盛 んになってきています。主都圏(大阪はどうなのでしょうか?)では丘陵を侵蝕 して住宅を造ってきたことによって必然的に起こってきたのかもしれません。彼 らは、極端な話裏山での通年作業ですし、コミュニティを有し、自然を熟知して くるでしょう。そのようなコミュニティの中にこのブナ植林のような問題を持ち 込んだら、彼らはすぐ反応するのではないでしょうか。そのような流れもあると 思います。
青森県民が置いてきぼりをを食うのでは格好悪くてしょうがない。
是非一番乗りをしたいものですね。

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K   祝「青森の自然環境を考える会」発足       吉田 博史・八戸市・    2/9

「青森の自然環境を考える会」発足
会員になりたいと存じます。
振込み口座番号をお知らせください。

だけれども、ここからは愚痴のようなものですが、青森の人はまだ美味しい水道水が飲めていいですよね。
八戸の水道水の不味さはひどいものです。かつては蟹沢の湧水、三島の湧水が主力だった八戸の水道水は、馬淵川の水が投入されるまでは美味しい水でした。馬淵川の水が入るようになって、また蟹沢湧水が枯渇して年々不味くなっていったのです。そればかりではありません。
全国版大問題になっている、青岩県境の産廃不法投棄現場の漏水がどっち(熊原川/ 安比川)に転んでも下流は馬淵川ですから議論ばかりの行政の実施策の遅さには正直呆れております。
八戸市近郊住民の健康を第一に考えれば、まず遮水工事を徹底して行わなければならないのにです。
それでなくても二戸市辺りを流れる馬淵川の汚さを見ればそれだけでもいやになるくらい汚染がひどいというのにです。

何故水源を馬淵川にしたのか、何故新井田川にしなかったのか、大枚をはたいて浄水場施設を作るとき(そのため現に市民は高価な水道料を負担している)、その時議論はあったのか?100年の計を考えるならば水源は新井田川にすべきであったのに。上流の雪谷川も瀬月内川も源流域は森林で、流域の人口密度は薄く、将来もひどい汚染は無いであろうことは予測がついたでしょうに。
今は世増ダムが完成し素性の良い水が湛えられているのですが、それが八戸市民の水道水になる見込みは今のところありません。馬淵川の浄水場施設に大枚を投じた企業団にはもう金が無いのです。
100年の計は誤ればこんなものですが、行政の手抜きにより、簡単に起こります。手遅れにならないうちに口出し出来ることは、どんどんしたほうが良いということだと思います。

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J   未来の子どもたちからの借り物      未来の子どもの親、青森市、60歳   2/7

   「示談で収めるのでしょうか?」・・・・グサリときました。本欄をはじめ、地元新聞の投稿欄、ウェブ版掲示板に多くのかたがたから、さまざまな貴重なご意見が寄せられ、ひとつ一つに納得させられ自然環境のしくみについて理解が深まりました。舌足らずを懸念して、字数制限のない本欄で多少長くなりますが私見を述べさせてください。
   ブナ植林は青森の水源地だけでなく全国で行われています。多くの場所で「ブナ神話」がいつの間にか一人歩きしてしまったようです。行政も市民もそれに汗することが未来に向けて素晴らしい遺産をもたらすのだと思い込んでしまったのです。ただ、そのこころは疑いもなく善意にもとづくものであったということです。
ところが今回の問題提起から、各界からほとばしるような多様な見解が噴出しました。全国から、あるいは香港からも憂いる意見が寄せられました。行政は良識をもってこれに応えてくれるでしょう。バブル時代の手法で収められるはずがないのです。とくに青森市は長年月にわたって多くの市民の浄財とボランティア、さらには血税でもってこれを進めてきました。残念なことは、このような長期事業は5年に1度とか、ときどき立ち止まって検証し、さらに将来に向けて修正を加えながら進むのが大切な手続きだと思います。ところが、今回は言葉が悪いのですが暴走気味になってしまったということです。このことから、内からではなくて外から様々な指摘、提言となってあらわれたのだと考えます。行政はいま真摯に受け止めていると思います。
「青い森、青い空、青い海」というのがこの町がめざしているキャッチコピーです。さらにつけくわえて、「自然環境は、私たち市民が未来の子どもたちからの借り物なのだ。それをもっともっと大きくして返さなければならない。21世紀は共生の時代、循環の世紀だということを肝に銘じなければならない。」と市民によびかけ、さとしているのです。
   これからの行政はガラス張りでなければなりません。さき細る財源をいかに市民の今、そして未来のしあわせのために役立てるのか。当局はあらゆる機会で市民とのコンセンサスを深めボランティアを募って前向きにと進んでいます。今やっていることが正しいのか間違っているのか。それは神話にもとづく第六感ではなく、客観的な科学知識をもとに組み立てられなければなりません。
   「水道部が各個人と話しておしまいになるのじゃないでしょうね。」 私は、そのご心配はないと思います。いや、信じたいのです。当局は、あまりにも問題点の多いことに気づき、ひとつ一つ専門家と突合せをしていることから手間取っているのだと思います。このあと市民とのは話し合いを踏まえて、多くが納得できる方向性をまとめて広く説明してくれるでしょう。交通事故とか、地域でのもめごとであれば示談ですむでしょうが、市民を孫子(まごこ)の時代までいつまでも包み込んでくれる大自然と人間のつきあいかたがテーマです。よもや、そのような人間くさい足元だけの取引などで終わるはずがありません。もはや青森を離れた日本モデルにまで拡大してきました。じっくりと見守っていきたいと思います。

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I   示談で収めるのでしょうか?   直方市   I 生   2/6

ブナ植林の件は、水道部が各個人と話ておしまいになるのじゃないでしょうね。
交通事故のなんというのですか、示談みたいに収まってしまう?
そんなことないですよね。

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H   「先人の知恵を大切に」   香港   石田     1/29

伝統というのは、時に現代生活においては、制約と感じられることもあるけれど、伝統と違って先人の智慧というのは、多いに活用すべきだと思います。
特に、自然に関しては日本では、木造建築が主体なので、素晴らしい智慧が随所に生かされてきたと思います。
いつか読んだ本に出ていたことですが、法隆寺でしたか、修復の際に素晴らしい先人の智慧が、生かされていたことが発見されたそうです。建物の東西南北に使われていた木材は、それぞれ山の東西南北にあった木を伐採して使ってあったというところを読んで驚きました。
そこまで自然を取り入れ、大事に守ってきた先人の智慧に感服しました。
八甲田一帯の自然の織り成す風景を素晴らしいと思う者には、成長中で、働き盛りの木々を切ってのブナ植林は、そんなにも大事に、繊細に守られてきた、自然に対する先人の智慧を無視するような行為と映ります。

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G  「その場所に合う植物を」  直方市   I 生   1/29

Web掲示板などいろいろな声が寄せられていますね。
どの声も、自然が元気にしているのに、人の手で変更することに疑問を呈していますね。
私は、苗をどこから持ってきたかという意見に、そうだな、そこまで考えて植林したとは思えないな、そこまで考えたなら、先ず、匿名の主婦同様、その場所に合う植物が自生しているのが自然というのが、一番単純明快な回答に思えました。
植林計画の中止を期待します。

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F  「青森の自然は日本の宝」  京都府  大原女   1/26

   とても感慨ぶかく,私自身も考えさせられるホームページでした。
問題の大きさにしばらく、重い気持ちになり毎日を過ごしていました。美しい「青森の自然」の裏側で憂慮されるこの問題は、これからの自然保護のあり方にとても大きな課題であり危惧されることだと思います。自然は私達人間の生存にかかせない命そのものです。
   これからの環境問題は自然保護と共存を、どう折り合いをけていくかということになるのではと思います。多角的な見方や思考で深く掘下げた議論をし、画一的で安易な政策にならないように慎重に運んでほしいと思います。
   自然保護は地域住民と地方行政が一体となり、行政はより良い指導とサポートをする立場にあるものと思いますが、自然保護という名のもとにあるべく所にあるべく姿で豊かな森林に育っているものを、わざわざ伐採して植林を行うというのは、常識的に考えられない本末転倒の行為ではないでしょうか。
   森羅万象、大自然の摂理は何ひとつ無駄のない、実に見事なバランスの上に悠久に営まれているのだと思います。私達人間の無知無能が少しでも自然破壊とならないように祈るばかりですが、国や地方行政は長い間経済優先で開発に開発を重ね、一個人(私も含め)は便利性と快適さ快楽を追い求め、多くの自然を失ってきました。
今、日本の自然は風前の灯となり、東北、北海道が最後に残されているという状態だと思いす。青森の自然は青森だけではなく日本の宝です。日本の心のふるさとです。
   環境問題では、富士山の汚染、沖縄の青いさんご礁の死をこの目でみてきました。諫早湾の干潟、ダムに沈めた多くの村、京都も例外ではありません。建築の高さ制限が撤廃され短期間で町並みは急変し、京都らしさを失っています。
生活の場である環境はある意味で変化は避けられないかもしれませんが、このままいけば世界の京都はビル街となります。壊して建てる方法しかないのでしょうか。滋賀県豊郷町でおきている小学校訴訟問題もご存知の通り行政と住民の価値観ぶつかりあいですが、住民の精神性は素晴らしいと思います。
新しくするために古いものは「壊さねばならない」という決まりでもあるのかと怒りたくなります。
   この頃全国どこへ行っても同じような街のたたずまいが目立ち、個性ある地域性がなくなり面白味がありません。ヨーロッパ諸国の緑の美しさや歴史ある建造物には感嘆します。
お粗末だったわが国の環境問題はこれからどうなるのか案じられますが、私達一人一人が地域の自然を考え生活環境から見なおしていかねばならないことを又あらためて思いました。
   最後に豊かな自然を有する青森の人々と行政が一体となられ、真の自然保護をめざして自然との共存への先駆者と成られることを心から願っております。
ありがとうございました。

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E  埼玉県 A 生 1/23

    木を植えるという行為は、一見自然保護のような印象を受けるというのがこの問題の「落とし穴」のひとつではないかと思います。
ブナはいい、いいに決まっている。ということで、長年水源林の生態系の一員であった他の種の植物を伐採することを正当化してしまうのです。
さらに、このような行為をする人たちには悪意がないというのが問題を複雑にしています。
正しい情報が伝わっていないのです。
    森林には、一見目立たない、あるいは目に付かない、場合によってはまだ人間に発見されていない動植物、菌類が存在していて、これらが長い年月をかけて生態系を作り上げています。
日本一おいしい水の横内浄水場の原水をはぐくむのは樹木だけなのではなく、それらを含んだ生態系なのです。もし、森林の樹木の種(しゅ)が別のものに変わってしまったら、その生態系は崩壊してしまうのではないでしょうか?
水源林の樹木をブナの単一種に改変するのは、かえって横内浄水場の水をおいしさ日本一の座から引きずりおろす危険な行為といえます。
    私たちはもっと自然に対して謙虚になるべきでしょう。すべて知ったかのように思いこんで支配しようとすると、あとで取り返しのつかない事態を起こしてしまいます。

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D  東京都 K 生 1/22

横内水源地ブナ植林の件につきましては恥ずかしながら昨年棟方さんのサイトで初めて知りました。全くばかげた事をしたものです。
「ブナの雫」のラベルにある不可思議な葉の絵は知っておりましたので、「ありそうなことだなあ」と思ったのが実際のところです。
青森市民、県民の問題ですからまずは地元での活発な議論の展開を期待しております。
さて 今回は一東京生活者として渦中の青森の方々に呼びかけてみたいと思いました。
k生
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一昨年12月の東北新幹線盛岡八戸間開業以来県外、特に首都圏から観光目的で北東北を訪れる人が増えているようです。
地域の経済波及効果が期待され、実数も上がると思われますが、視点を変えるならば官、民、個人ともに青森の方々は外部の人間を迎え容れる立場に立たされたということであり、真価が問われます。
白神山地のブナが紹介され、八甲田山や十和田湖の知名度も上がっています。
観光の動機はさまざまでしょうが、「憧れ」というものが少なからずあると思います。
手元の辞書で引いてみると「憧れ:1.他に心が奪われて、落ち着かない。2.高大なものに対してそれを望み求める。」とあります。
外部の人間であるならば1.の意味でも致し方ないでしょう。
しかし、ホスト役である地元の人間は官、民、個人ともに 2.の「高大なもの」真意を伝えられなければならないと思います。
知恵と配慮を欠いて自ら「他に心が奪われて、落ち着かない。」状態でいることだけは避けいただきたいものです。
水源林を伐採し、素性不明のブナの苗木を植林してきた事実は元に戻せませんし、何より気の毒なのはボランティアに参加した方々だと思います。
しかし、今回の件をきっかけに「高大なもの」とは本来どのようなことなのか、個々人が考え思い描くようにすればよいのではありませんか。
青森市水道部にしても間違った判断や施策を認めたうえで、方向転換すればよいだけではないですか。それが難しいのでしょうけれど、このままでは本来「名水」であるはずの青森の水が「迷水」になってしまいます。
木々の萌芽の力強さを思いつつ、事の推移は見守らせていただきます。

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C  尼崎市 S 生 1/20

法規制も安心ではありません.時代に順応します.
白神の観光誘致策も気にかかります.
ミズナラではなく,ブナだからです.市民参加とはうまく乗せられました.
業者の方々のネライも役所の尊厳?も心配です.
青森の発展を国交省も願っています^^
経済効果?,今あるものをつぶして造りかえることこそ彼等の計画です.
「もったいない」効果など見向きもされません^^,国賊です.

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B  青森市 花訪い女 1/19

   わかりやすい解説と、膨大な資料、識者による裏打ちされた内容に感服しました。
しかし、新聞報道によれば市は植樹を続ける方針とか・・
市民に間違った自然観を植え付け、市民の善意を踏みにじり、伐採作業や作業路作成工事等に税金の無駄遣いを続け、市は二重にも三重にも市民を裏切ったことになりはしないか。
市は、市民の水瓶を守るために何が最善であるか、考え直す必要があると思います。 

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A  青森市 T 生  1/15

   今朝東奥日報を見ました、
話が、分かりやすいように、書かれていたと思います、
これから、
ここから、始まるのでしょうか、そんな、気がしました。
 橋本小の統廃合の問題もそうだったし、
この、植樹のこともそうですが、
行政の決めたことを、
決められたままに、だまっていると、
とんでもない事に、なるのかも知れませんね。
常に、問題意識を、持たなければ!。と思います。
いろんな、話し合いの、場が、もたれて、
大いに議論しあうように、なることを、期待しつつ、
御報告まで。  

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@  八戸市 Y 生 12/9

   御HPには美しい写真を楽しみにたびたび訪問させていただいております。
今回は、ミズナラ伐採後にブナが植林されたとのことを御ホームページで知らされて驚き、自然愛好家の一員として憤りを覚えました。
手を掛けてなんの意味も無いどころか、何十年かの自然の営みをふいにするような馬鹿げた施業は一体だれのためなのでしょう。
   私はブナ林も嫌いではありませんが、いささか単調で、森歩きしても面白みに欠けます。それよりは、ミズナラ、シナノキ、ハリギリ、トチ、カツラ、カエデ類、ホオノキなどの混交林が好みです。岩場に生えるコメツガやキタゴヨウも悪くないし、低地のアカマツにコナラ、クリの若木の混じる遷移中の林も好みです。
   日本の自然は豊かで、アカマツやシラカバなどのパイオニアから始まって最終的にブナの極相林になるとしても、自然林が多様な動植物を養えるのは、実はこの遷移途中の混交林がベストなのではないかと私的には思っています。
日本人は極端に物事を単純化する国民のようで、戦後は杉植林一辺倒で、不適地にもじゃんじゃん植林した結果、多くの人が花粉症で悩まされ、その上貧弱な杉にしかならなかったため価格も暴落、行政が予算を使ってまで、県産杉の使用を拡げるための努力をしているのです。
   ブナが良いとなると、この場合ブナよりも豊かな自然のためには適していたミズナラを伐採してまでブナ林にしてしまうなどということは言語道断の行いです。
行政の方々に、あまりに自然に対する理解の無い方ばかりが多いのは、教育制度に問題あるのではないでしょうか。主要科目ばかりが重視され、軽視されがちな理科、生物、自然の教育の不足が、秀才であるはずの行政に携わる方々が自然や、生物、環境に対して浅い知恵しか持たない結果を招き、現在の貧しい環境行政に反映しているのだろうと私は思います。
   私も微力ながら、もっと自然に親しんで理解を深めてくれる方が一人でも増えるようにと考えながら仕事をしてるつもりではいるのですが......
これからも御ホームページを訪問したいと存じますのでよろしくお願いします。


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