明治神宮の森は極相林作りの成功例
極相林作りを目指して成功した例は明治神宮外苑に見ることが出来る。ただしこれは宮脇
理論に拠ったものではない。1912年(明治45年)当時の林学者本多静六がかの地に鎮守の
森として相応しい、鬱蒼とした照葉樹の森を作るべく計画した。100年計画で「天然更新」
により照葉樹に遷移するような人工林を、全国から集まった延べ11万人の勤労奉仕により
造ったのだが、そのとき植えられた木はいわゆる陰樹ばかりで無い。植えられた陰樹のシ
ェルター役としてアカマツなどの陽樹の高木も植えている。極相林を目指しはしたが、遷
移途上の姿をまず作ってから、あとは自然力の遷移にその行く末を委ねることとし、管理
方針も徹底されたのだ。その結果今の原始林のような明治神宮の森が予定より早く70年ほ
どで出来上がったのだ。
宮脇理論はそれからさらに遷移に必要な期間を省略しいきなり陰樹だけの植栽によりもっ
と短期間で済ませようというわけである。
宮脇理論は仮説であり実証は不十分
宮脇氏の言う潜在極相植生理論は、人による撹乱を全く排除した場合の理論上の仮説に過
ぎず、現実にはそれが正しいかどうかは世代交代の期間が100年から1000年に及ぶ森林学の
世界では実証されたものではない。とは言え、植林や造林の技術で最終的な評価が定まっ
たものは明治神宮の稀な成功例を除けば無いに等しいのだから、有力な仮説ではあろう。
しかしその理論に基づく「森作り」のなかに、その方法論の短所や理論上のほころびも既
に見え始めている。
さらに言えば、何故極相林を早期に目指さなければならないのかという根本的な疑問に対
しては「極相林は手入れいらずで強い」というのみで明確な論拠は無い。横内水源地の場
合、水道部が目指した「極相のブナ林」と現在の「ブナ林に将来遷移するはずのミズナラ
二次林」とでは水源涵養能力で大差が無い(ミズナラ二次林のほうが若干勝る。誤解なき
よう。)にもかかわらずわざわざ金をかけてミズナラを伐採しブナを植えたが、この愚行
に対して宮脇理論はなんの科学的生物学的な論拠も無いまま「ブナは陰樹だから強い。ミ
ズナラはニセモノ」という断定をしている。論拠不十分なまま断定するのでは科学とは言
えずもはや「宗教の世界」である。
将来手が掛からないように今、手をかける!?
宮脇理論の方法論の短所として最大のものは、「将来手が掛からないような森を造る」た
めに「現在掛かる金と手間が大きすぎる」というものである。実践には面積あたり膨大な
費用(苗と作業)を必要とする。したがって、宮脇理論による樹林回復事業は、「それし
か方法がない」場合の最後の手段であると理解されたい。なぜなら、その理論は更地か、
あるいは更地でないのなら客土までして一旦更地にしてからでないと有効性が期待出来な
い手法であるからだ。つまり現在豊かな植生に恵まれている青森県のほとんどの地域には
無縁のものである。縁があるとすれば、かかる費用に対して上げられる効果の大きさが問
題になるが、自然の回復力に見放された、失敗した人工林〜多くはブナ伐採後にスギを植
えたものが多い〜の短期回復を図る必要がある場合に有効な手法である可能性はある。
自然豊かな森林に宮脇理論は無用
今回の水源地に関して宮脇理論が適用可能なのは採草地とか、雲谷集落の下部、現在土嚢
を積んである部分の上部斜面の藪のみであろう。水源林のほとんどを占めるミズナラ二次
林は薪炭材収穫の目的で伐採が繰り返されることによりその遷移が停められた状態である
が、そのままで水源涵養林として最適な生態系豊かな森林であり、ことさら「更地の植生
回復に適した」宮脇理論を適用する必要は全く無いのである。
森林水文学が専門である岩手大学石井教授は、「水源涵養林こそ自然の森林を大切に育て
るべきだ」と力説されている。実際の話、ブナ植林を開始する前から既に横内水源地の水
は日本一の水道水だったではないか。
自然と人間生活は切り離すことが出来ない
理論上のほころびのひとつは、「人による撹乱の排除」が現実的に不可能であることを、
「仮に排除出来ればこうなる」という宮脇理論の根本の理論構成にある。人間のかかわり
の一切が排除された状態は人間がいない世界であるが、特に日本においては、今まだ残さ
れている豊かな自然の大部分は人間とのかかわりによって既に改変を受けてしまっている
場合がほとんどなのだ。人といえども生物である以上、生存のために自然を利用するのは
当然のことであり、生産性の低い森林は古代から人類によって生産性の高い森に改変され
てきたことは当然である。天然林と考えられている樹林もほとんどが、つまり宮脇理論の
言う、「潜在極相林」の主たる陰樹候補自体も過去に人手の介助や介入があったと考える
ほうが自然なのだ。例えば天然秋田杉には藩政時代から人手による介助があったはずだ。
木曽ヒノキの場合はさらに明白な介助がなされている。原生林とされている世界遺産の白
神山地ですら、過去に人手の入らなかったのは赤石川上流のほんの一部だといわれている。
また、意図した介助でなくても身近な例に八甲田のブナ二次林復活にかかわる興味深い例
がある。戦中にかけて伐採された八甲田山麓のブナ林は幸いにも伐採後にすぐまたブナ林
として復活できた例であるが、「自然に」復活できたのではなく、萌芽更新しにくいブナ
が伐採後すぐに復活できたのは、意図せぬ人為の介入があった結果だという説が有力であ
る。当時、牛の林内放牧により@ササが無くなって林床が明るくなり、A肥料分が補給さ
れたうえにリター層が耕耘され、ブナの実生成長に最適の条件がそろい、さらにBブナの
結実が豊作で、C実生の稚樹が豊富に用意されていたときに伐採(主に木炭用)されたと
いう幸運が重なって復活できたというのだ。仮にこのような幸運が無ければ復活まで数百
年の時を必要としたのではないかと言われている。
人による自然への介入はもっと昔からあった。身近な例で言えば三内丸山の縄文人はブナ
の森を焼いてクリやコナラ、クルミを増やしたことは良く知られている。江戸期までは人
々の食品以外のエネルギー源はほとんど全て森林に頼っていたのだということを銘記いた
だきたい。薪炭として繰り返し伐採収穫に耐えるブナ科コナラ属のミズナラ、コナラやク
ヌギは縄文期から江戸期までの人々の循環型エネルギー消費社会に欠かせない樹種であっ
た。先祖が大切に作り上げてきた「里山」の樹林の基本種はクリやコナラ、ミズナラであ
り、その里山のおかげで今現在の我々と豊かな日本の自然があるのだ。
植生の遷移途上のものはニセモノか?
次なる理論上の矛盾とはその手法つまり短期に理論上の極相林をつくるという方法論、い
わゆる「植生の遷移」を省略することに付随するものである。宮脇氏はシンポジウムでも
はっきり明言をされたが、牧草地など、人の火入れに依存する「火事場泥棒的な生物多様
性」は認めないという立場である。潜在的な極相林が最強の「本物」の森であり、それ以
外はニセモノ呼ばわりなのだ。つまり極相を構成する種だけが本物であとはニセモノとい
うわけだ。しかし、人がかかわらない場合でも自然の撹乱はある。例えば、火山の爆発、
土砂崩れ、台風などである。また撹乱のような一時的なものでなくても継続的に自然は変
化してゆく。山は風雨で削られ、谷は山中では深くなり、平野部では浅くなる。自然とは
遷ろうのが常態であり、変化の無い理論上の自然などというものは存在しない。
どうせブナ林になるのなら
例えば、われわれが貴重な自然資産として大切に保存しようとしている睡蓮沼を始めとす
る八甲田の湿原群も完璧に保護したとしても自然遷移により次第に乾いていき、何百年後
かに消滅する運命にある。そして、ミヤマハンノキやダケカンバから始まって最終的には、
ブナ、ダケカンバ、アオモリトドマツの森になる。だからといって「極相林を目指すべき
だから今睡蓮沼を埋めてアオモリトドマツの森にしよう」という馬鹿はいないだろう。ど
うせ無くなるのだから今無くしてよいというものではない。「どうせ死ぬのだから今死ん
でも良い」わけではないのだ。我々人類は地球の移り変わる自然の中にほんのちょっとの
時間を借用して住まわせてもらっているのだから、自然を尊重し大切にして子孫の世代に
残す義務がある。
パイオニア樹種や遷移途中種は自然界に不可欠
このように、自然自体が遷ろうものである以上、樹林自体も遷ろうものでなくてはならな
い。いくら宮脇理論によって「最強の極相林」を造っても土砂崩れがあれば森は消滅する。
しかしまわりの自然が豊かであれば時間は掛かってもまた一から、パイオニアのハンノキ
類から始まって最終的にはブナの森に戻る。もちろんそれは人類の時間尺度ではゆっくり
だろうが、自然の尺度では瞬く間なのだ。その間樹木はパイオニアの陽樹が土壌をつくり、
次の半陽樹が生態系を取り戻し、アンカーのブナやカエデ類に引き継ぐというプロセスに
なる。自然の作り出した樹木や草本にはそれぞれの役割がありその役割を省略できるもの
ではない。われわれがなすべきことは、森が人類と生物多様性にとって望ましい自然遷移
をしてくれるようにササ類を抑えるとか外来種による撹乱を排除するとかの「お手伝い」
程度であるべきだ。費用も宮脇流に比べて比較にならないくらい小さくて済む。
生態系には植物、動物そして菌類が不可欠
理論上のほころびの三つ目は「生態系は植物だけでは完結しない」ということである。木
や草という植物のほかに昆虫や、鳥獣という動物は当然として、地中微生物、真菌類(キ
ノコ)や地衣類といったほとんど人目にはつかないものまでが森という生態系を支えてい
る構成要素である。これ等植物界、動物界、菌界の結びつきは簡単に作れるものではない
が、これが揃って初めて本物の生態系と言える。しかし揃うまでは100年単位の時間を必要
とすると考えられる。20年30年程度では、まだまだ「植物の寄せ集めとわずかな土壌生物
と昆虫や鳥類」程度であり「擬似生態系」がいいところである。これが本物と力説される
ものに本物は多くはないのだ。
ミズナラ自然林は自然と祖先の恵みである!
ところが宮脇氏は、パイオニア樹木のアカマツや半陽樹のミズナラ自然林は逆にニセモノ
呼ばわりである。シンポジウムでも「今ニセモノが横行している」と発言されている。水
源地のミズナラ二次林は先祖が自然の力を利用して作り上げてきた本物の生態系を持つ里
山であるにもかかわらず、宮脇氏によってニセモノ呼ばわりされてしまったわけである。
前にも述べたが論拠もなしに断定できるのは宗教の世界だけである。「言いがかり」もこ
こに極まったというべきだろう。
このミズナラ二次林は放置すれば二百年ほどでブナ林へと遷移し始め、薪炭用やキノコの
ホダ木用として伐採収穫すればまた20年ほどでミズナラ二次林として再生する。(もちろ
ん水源林としては伐採は勧められない。)ミズナラは自然環境への貢献度でブナに勝ると
も劣らない。大量の落ち葉で土壌を肥やし、大粒のどんぐりでツキノワグマをはじめ、た
くさんの鳥獣を養う。林床は明るく草本の種類も多くまたサクラ類やカエデ類などの亜高
木やオオカメノキなどの潅木が豊富で多くの昆虫も養う。キノコの発生も多く、もちろん
水源涵養林としてもブナに優るとも劣らない。
人類への貢献度でいえばミズナラははるかにブナに優る。ミズナラやコナラ、クヌギなど
のコナラ属の樹は、繰り返し収穫できる再生産が可能な薪炭林として江戸期までは人類の
エネルギー供給を一手に引き受けてきたのだ。それをニセモノ呼ばわりするのは人類とコ
ナラ属との共生関係を否定するものであり、自然と人間とのかかわりを否定するものだ。
人類の都合で簡単に改造できるほど自然は易しいものではないのだが、水源地のミズナラ
林は「日本の自然」と「自然の摂理にそった我々の祖先」が共同で作り出した恵みなのだ。
ブナ植林地の実態
横内水源地林のブナ植栽地でブナが無事に成林できる場所は採草地に植えたものだけであ
ろう。ミズナラ自然林伐採地に植えられたブナはミズナラやウワミズザクラの伐根からの
萌芽の成長速度にとても勝てない。三年間伐根からの萌芽や繁茂する蔓などブナの成長を
阻害する全てを刈り続ければ話は別だが、金と手間のかかることおびただしい。理論的に
ブナは陰樹とされているが、ミズナラとの比較で耐陰性の強さは紙一重か二重でブナが優
るという程度であり、自然のように長時間をかければその紙一重の差が効いてくるのだが、
水源地に植えられたブナは初期生長に勝るウワミズザクラなどの萌芽に抑えられ、さらに
残されたミズナラの樹冠が閉じてしまった林内ではブナといえども成長できないのだ。シ
イやタブやヒバなどの常緑樹の耐陰性とは比較できないくらい半陽樹に近いブナの実態は
宮脇氏もご存知ないようである。
時間尺度が違う自然の摂理に対して、人の思いつき程度の浅知恵では勝てなくて当然。か
つてプロ集団と信じられていた旧営林局による「ブナ伐採スギ植樹の失敗」を繰り返すだ
けである。自然の摂理を無視した大量伐採大量植樹の成功例がどこかにあったらご教示い
ただきたいものだ。
宮脇理論による県内での造林の実態
そしてその宮脇理論による青森県内での実態だが、各地のイオン(eon,aeon:無限になが
い期間・永遠)の森に見ることが出来る。
最も実施の古いイオン柏ショッピングセンター(西津軽郡)での実施例は成功していると
は言いがたい。是非ご覧になっていただきたい。
宮脇理論の手法として、始めから極相林を目指すために、当初から高木候補、亜高木候補、
低木、潅木のポット苗が混ぜて密に植えられる。低木や潅木は最初から日当たりがよいの
で非常に成長が良いが、高木候補、亜高木候補の成長は悪い。繁茂した低木や潅木が高木
候補の成長を阻害しているのだ。本来低木や潅木は、自然の遷移によって成立した林のな
かでも生育できる耐陰性の強いものか、林の縁の明るい部分でいわゆる袖群落をつくるも
のなのだ。
結果としてイオンの森はほとんどが藪と化している。宮脇理論による「最強の手入れ不要
の極相林」は場所を選ぶのだろう。当地ではうまく働いていない。

▲040619_02 太平洋側特有の冬の空っ風で樹冠が枯れているブナ
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下の写真は全て、実施して10年ほどの下田ショッピングセンター(上北郡下田町)の
例。柏ショッピングセンターよりは実施年度が新しい。

▲040619_04 イオン下田ブナパーク

▲040619_03 土地柄に合うミズナラ

▲040619_01 潅木とブナ
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ただ「ブナ植林は間違いでない」という言質(げんち:後の証拠となる言葉)の
ためにだけ
念のため繰り返すが、大都市近郊で新たに区画造成されたような生態系の不完全な土地で
は宮脇理論はある程度意味はあるし、更地に新たな擬似生態系を作る必要がある場合はさ
らに意味がある。それゆえに宮脇理論の評価は都会や砂漠地で高い。しかし当地のように
自然が強い場所での「潜在植生」云々はむしろ擬似生態系によるニセモノ作りに陥る危険
があるということなのだ。
宮脇氏は佐々木市長が望んでいた「ブナ植林は間違いでない」という言質を得るためだけ
に選定された基調講演者でありパネリストであったとしか考えられないのである。